第116話 入試受付前にて

「……そういえば」


今更ながら気になったことがあって、科学の参考書から顔を上げた。


「なあリナ、結局のところくだんの辺境伯令息との婚約云々って、何か強さを決めるにあたっての規定ルールってのは決まってるのか? たしか『弱い人とは結婚できない』って言った話は聞いたけど」


そう、リナが『成長レベリング』を目的としていた原因である、豚辺境伯令息の件だ。


ざっくりとリナが何らかの機会タイミングに挑まれることは間違いなさそうだけど、それが『いつ』とか『どのように』とかはあまり確認してなかった。


「はあ……まあ、そうね。そういえばそんな話もあったわね。でも、向こうが勝手に挑んでくるかもって程度で、条件とかは決めてなかったかしら。確かに何か規約ルールでも決めておかないと、勝つまで挑まれるみたいなことになって面倒そうだわ」


うん、『立ち合いは1回のみ、これっきりにする』とか、試合の前に【契約魔法】の書面辺りで交わしておいた方がよさそうだ。


この世界には、商業ギルドで発行してもらえる【契約魔法】をかけた書類というのがあり、契約者双方の署名が終わると2枚に複製される機能を持っている。


これを【鑑定】にかけると書面や署名の整合性や、もう一枚の破棄状態も確認できるため、内容の不一致は発生しない。


そこに破棄された場合の対応も記載しておけば、たとえ相手が上位貴族であろうと債権回収などの履行りこうも正当性が認められるんだとか。


「それこそ『リナが負けた場合は婚約の権利を得るものとし、その履行と破棄は一方的に辺境伯令息が持つ』ぐらいのエサで釣れば、食いついてきそうじゃないかな」


「……絶対に勝てるなら、の話よねそれ」


当事者じゃないからって好き勝手言いやがって、と言わんばかりの半目で睨んでくるリナ。


いや、でもさぁ……。


勇者様スケさん相手に訓練してきたってのに、随分と弱気すぎない?」


「まあ……そうかもしれない、わね」


いや真面目な話、時々目で追うの辛いからね、リナの戦い。


『成長』によってAGI素早さDEX器用さも相当高いようだし、その上【剣術】に成長ポイントを振ってレベルを上げ、さらに数値パラメータが嵩上げされてるんだから。


加えて、前世の各種ゲームに存在していたような、ステータスオープンの表示には現れない『個人能力プレイヤースキル』ってのが色々とある気はしている。


それこそ、魔力操作とか身体強化なんてのは、ステータスオープンには記載されていない個人能力プレイヤースキルの代表格だし、あるいは『経験』や『判断力』といった行動決定に関わる部分もそうだろう。


少なくとも、リナやクララがダンジョンで戦ってきた姿を見てきた側からすれば、あんな動きに『成長』だけのボンボンが太刀打ちできるとは思えないんだよな。


……正直、この先の展開は誰もが見えていると思うので、ご愁傷様といったところだろうか。


◇◆◇


「ほんなら、気をつけて行ってくるんやで」


「頑張ってきてね」


翌日、2の鐘8時過ぎの音が鳴る中、付き添いで来てくれたスケさんと御者として馬車を出してくれたラビット氏に見送ってもらい、俺たち3人は学園の入口となる降車場へと降り立った。


王立学園は王城の西側に位置していて、貴族街と接する西側の降車場までしか一般人は入れないようになっている。


ちなみに、王城の周りには南側の正面を除いて関連施設があり、西にこの王立学園が、東に王立騎士団、北に王立研究所が建てられているらしい。


まあ、王城含めていずれも軽々に入れる施設ではないので、遠目にそれっぽいのを確認したっきりなんだけど。


さて、ここからは俺単独でのリナとクララの護衛仕事となる。


降車場から真っ直ぐに伸びる道の先に建物があり、正面に受付として人が配置されているようだ。


王都に着いてから提出した申込票の複写コピーに印字された受験番号で、会場の振り分けがされるとのこと。


そうそう、受験料などは護衛の経費として子爵が持ってくれたそうだ。


また、もしそのまま入学するのであれば、学費など含めて受け持ってくれるとまで言ってくれている。


……ウェスヘイム子爵家が何かと話題がゆえに、1人でも旧知の者を周りに置きたいという気持ちは分からなくもないんだけど、流石に過保護じゃないだろうか。


あと、高々半年ほどのパーティを組んだにすぎないヤツに対して流石に信用を置き過ぎな気もする。


もしかして、勇者様スケさんによる信用度加算ブーストが青天井なんじゃないかっていう。


さて、臨時の長机テーブルが置かれた受付の前に到着した。早いとこ会場入りしておきたいのでさっさと入場処理ってやつを済ませてしまおうか。


「おはようございます、入学試験ご希望の方ですね。受験票の方はお持ち──」


「おいっ! カタリーナ!」


あっ、声でわかった。振り向く前に。一度も会ったことなんて無いけど。


完全に解釈が一致したCV声優がキャスティングされてるじゃん。


「……どなたでしょうか? 私の面識ある方の中で、公衆の面前で呼び捨てにするような不躾な方は存じ上げないのですが?」


……最近になって知ったんだけど、丁寧語や尊敬語などで遠回しな言い方を重ねれば重ねるほど、『距離を置きたい存在』であるという意思表示、転じて『侮蔑』を示すという用法がこの世界にはあるらしい。


今回のように、視界にも入れることすら拒絶したいような相手への用法としては、まさに該当する好例と言えるだろう。


「なんだ、れないじゃないか、オレという婚約者に対して、なぁ?」


うわぁ、生理的嫌悪感すげぇな。こんなんに狙われるような性転換Trans Sexual転生モノじゃなくて心底良かった。センキュー、神様インテリヤクザ


てか、思わずリナの肩に手を置かれそうになっていた、手首だか腕だか分からん太いものを掴んじゃったし。なんか共感性の嫌悪っていうか、そんな感じで。


「失礼、お嬢様のお知り合いでしょうか?」


「なんだァ? てめェ……」


豚辺境伯令息、キレた!!


いや、思わず顔と体型を見ちゃったものの、その名に恥じぬ全く鍛えられてなさそうな姿なんだけど。独歩に謝れ。


残念ながら『成長レベリング』自体には代謝が上がったりする痩身ダイエット効果は無いことが証明されてしまったようだ。


リナ、クララもだけど、デザートは程々にしておこうな。俺は痩せすぎよりは若干そっち寄りの方が健康的で好きだけど。でも行き過ぎは禁物だ。


おっと、オークを前にして舐めプしちゃいけないな。冒険者たるものスライムを前にしても油断せず戦闘に集中しないと。


「私はカタリーナお嬢様の護衛を務めている者にございます」


うん、なんとなく執事の役割模倣モードでご対応させていただこう。決して嘘をついているわけでは無いし。


あたかもウェスヘイム子爵家の関係者っぽい雰囲気でね。


「クッ、はなッ……せッ…………!」


えっ、冒険者雇って『成長レベリング』してきたんじゃなかったの。


なんか取られた腕を引き剥がそうともがいてるんだけど、俺の腕を一切動かすこともできていない。


リナと勝負して勝てたら婚約者だ、みたいな話だったから、同じ前衛系の【片手剣】とかだと思っていたんだけど。あるいは【両手剣】とか。見た目に合わせるなら【戦斧】とかも似合いそう。


そういった職であれば、特性としてSTR筋力とかDEX器用さとか優先して上がったりするもんじゃないのだろうか。


俺、あくまで【空間収納】っていう、そもそも戦闘職ですらないんですけど?


「カタリーナお嬢様・・・、お知り合いでしょうか」


「……いいえ、ロブ。先ほど言った通りよ」


一瞬、俺の言い回しに僅かに目を見開いた後、その意味を即座に理解してくれたのか、あまりオークを見ないよう足元へ一瞥いちべつだけして、リナが話を合わせるようにそう言った。


おい、口端が笑ってるぞ。演技しておけ。


「では、お嬢様に触れるのはご遠慮いただけますでしょうか。初舞踏会デビュタント前の婦女に触れる行為は要らぬ誤解を招くこともございますので」


そうそう、よくある設定だよな。


一瞬だけ一室に連れ込まれた結果、その令嬢を潰したい派閥の悪役令嬢が目撃したと喧伝し、傷物になった噂を立てられてからの婚約破棄とかそういう胸糞。


でも、仮にそういうのを狙ってこいつが馴れ馴れしい態度をしてるんだとしても、掴まれた手ひとつすら振り払えないようでは、流石に格が足りてなさ過ぎるんじゃないだろうか。

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