第100話 開通

「そういえば、カスくんがいない間の話を聞いてなかったね」


レーヴァンの準備を待つ間、スケさんの話をすることになった。


拠点に戻ってから話をするはずだったんだけど、ラビット氏のお子様ランチで話が吹っ飛んでしまっていたんだよね。


あくまで俺がスケさんから聞いた範囲だというのは前置きした上で、出会った時からざっと話をしていく。


「……なるほどね、あの時は同行した騎士たちにも多数の生き埋めで犠牲者が発生したとも言っていたから、貴族どもは目撃者の始末もそこで済ませたんだろう。用意周到なことだよ」


確かに、坑道からアジトダンジョンに入るまで結構かかった記憶があるけど、長い区間にかなりの土砂が崩落していた記憶がある。


一部の貴族を除いて同行した騎士たちをその場に足止めでもすれば、一気に口を塞ぐことが出来たというわけか。


ちなみに、【受肉】スキルについては一応スキルではあるし、スケさんが話すかどうかを決めた方がいいかと思って話すのを避けた。


とりあえず、しばらく大量の食料摂取が必要になることだけは伝えてある。


「そうか……でも、ボクの作った効率的な栄養摂取を目的としたカロリーバーは、ラビットくんの料理にとてもじゃないが敵わなさそうだ」


「……あ、でも、そうとも限らないですよ?」


せっかく準備しておいたところをガッカリさせてしまったかもしれないが、効率的な栄養摂取というのは【受肉】スキルに効果的かもしれないので、曖昧ながら『出先で役に立つかもしれないし』と持っていくものに追加した方がいいとは助言アドバイスしておいた。


なお、レーヴァンの準備が完了して拠点に戻った後、スケさんから【受肉】スキルについて聞いた様子のヴァル氏が、任意に体型を変えられることを知って、事あるごとに体型を戻す(?)ように言い出したのは自明とも言えよう。


◇◆◇


「いやー便利だねぇ、ナヤボフトにドアひとつで到着するなんて」


1カ月後、米の収穫時期を迎えたところで、俺は拠点の2階に常設された『どこにでもあるドア』を、海岸近くにあった人目につかなそうな洞穴へ繋げていた。


おかげで、ラビット氏は無事酔うこともなくナヤボフトまで到着できたわけだ。


これで今後は決められた手順を踏めば、集団での移動が楽に出来るようになった。


(1)目的地まで先に俺が移動する


(2)移動先の目立たない場所に【ダンジョン化】の魔道具を置く


(3)到着点に『どこにでもあるドア』を配置する


(4)到着点を格納門転移ゲートワープで拠点の2階に繋ぐ


一応はダンジョン経由なので圧倒的にMP消費が少なく済むし、一度の移動で済めば酔う可能性も低くなるし。何より、冒険者ギルドに知られることなくダンジョン経由での長距離移動ができる。


地上においては唯一無二とも言える俺の強みを手に入れられた感慨にふけっていたんだけど……。


運命ってやつは常に俺のことを嘲笑あざわらうかのように、タイミングを見計らって冷や水をぶっかけてくるもんだなと思ったよね。


『空間収納レベルが上昇しました』


『成長ポイントを割り振ってください』


空間収納 Lv.14

成長ポイント:7

・距離延長 Lv.7


…………遅えよ!! という文句を飲み込みつつ、Lv.6だった【距離延長】にすぐさま成長ポイントを振った。


その効果を後で調べたところ、大体1回で5日分の距離を移動できるようになり、王都でもナヤボフトでも2回の移動で着けるようになった。


便利。間違いなく便利。でも、もうちょっと早ければ……とは思わなくも無いのが正直な感想ではある。


もっとも、格納門転移ゲートワープは距離によるMP消費量の増加がそこそこあるから、【距離延長】で移動回数が減っても複数人移動となると距離分の消費が積算で馬鹿にならないので、【ダンジョン化】の魔道具を使った方が移動が楽になるのは確かだった。


まあ、ある意味で『バニッシュマントを手に入れろ』というクエストを受けてたら、『ヴァル氏を蘇生させろ』という更なるクエストが発生して、その報酬が『【ダンジョン化】の魔道具』だった、ってだけの話だからね。


元からクエストには巻き込まれていく方針だから、これでよかったんだよ。うん。


ちなみに、ヴァル氏は本当に何でもないかのようにバニッシュマントを5枚ほど作ってくれた。


ワイバーンの飛膜を素材として渡したところ、料理研修で来ていたレーヴァンがすぐに薬剤を霧状にぶっかけてなめした後、裁断してフード付きのマントへと仕立てて、それにヴァル氏が魔法陣を裏地に埋め込んで完了……という、1枚あたりほんの数分の流れ作業って感じだった。全部で半鐘1時間もかかってなかった気がする。


レーヴァン、掃除も料理も革細工もスキル持ち並みの技術があるし、しかも食料などのために魔物を討伐していたのはレーヴァンが持つ陸海空のメイド部隊だそうだし、彼女も彼女で高性能だよな……。


「それじゃ街の方に行ってみようか。恐らく今年も祭りをやってて賑やかなはずだよ」


領都となっているナヤボフトは港としても有名で、各地から船便で運ばれてくる魚や農作物で賑わうこの時期を収穫祭と銘打って祭りを開催しているそうだ。


この時期はラビット氏を含めてあちらこちらから商人が集まってくるし、『書き入れ時』ってやつなんだろう。


酒場や食品系の商店なんかも、屋台を出して街行く商人などに食べ物を売っていたりするそうだ。


「いつも仕入れに行く魚の業者さんも屋台をやっててね、そこの漁師汁ってのがオススメかな」


「おう、そいつは楽しみやなぁ」


スケさんも今回、護衛代わりに同行してくれている。まあ、まだアイアンDランクになったところだから、本来の護衛仕事として受けたわけではないんだけど。


一応、『剣士サスケ』という体裁のため、顔には般若のお面付きだ。


「ちなみに、こっちでは生で食うたりするんか?」


「うーん、どうですかね。一般には食べてるのを見たことないですけど、一応僕が捌くと寄生虫も毒扱い認識になって生食可になるようなんで、後で醤油でやってみますか」


「ええっ! キミたち魚を生で食べるとか正気かい!?」


そして何故かこの方ヴァル氏もいらっしゃってます、はい。


ナヤボフトへの『開通』が済んで準備をしてもらっていたところに突然やってきて『ボクも同行する!』と押しかけてきた。何京院だよ。


2階に『第2の玄関』が常設されたことで、割と頻繁に拠点へと顔を出しに来ては、朝ごはんや夕飯をたかり……食べていくのが日常となりつつある。


もっとも、今もレーヴァンが定期的に料理を教わりに来ていたり、その対価として海洋系の魔物素材を受け取ったりしてるようなので、関係者ではあるんだけど。


「生も美味しいよ、醤油と山葵って香辛料で食べると格別だし、酢で締めて作るお寿司ってのもお勧めだ。一度食べてみてほしいね」


「ふーん……ラビットくんが言うなら一度食べてみてもいいかな」


……結局のところ、拠点に出入りしている面子の中で最もヒエラルキーが高いのって、確実にラビット氏だよね。誰も逆らえない。


ヴァル氏を手懐てなずけられそうな数少ない人だと、レーヴァンですらも驚いていたし。


胃袋を掴むのがテイマーの素質ってのは、やはり異世界においての1つの真理かもしれない。別の世界だったら神すらテイムできてそうだもんな。


そういえば、ヴァル氏の持ち込んでくれた素材のうち海洋系の魔物は、『滅多に出ない希少な素材だ!』とラビット氏も喜んでたっけ。


やはり生臭いので食べるのも忌避されがちだし、皮も装備に使えないし、倒しても海に沈んでいくのをわざわざ取る利点もないしで、残っているものが全然無いんだとか。


もちろん、我々元日本人勢からすれば、醤油と山葵、油煮コンフィ、フライにタルタル、大根煮、寄せ鍋……と数々の魚を食う手段を持ち合わせているので、『それをすてるなんてとんでもない!』なんだけど。


幸いにもヴァル氏の据え置き型魔法袋はナマモノ用に温度管理機能も備えているそうで、氷点下の鮮度が高いまま保存されていたようだ。


とてもじゃないけどカロリーバーには向かなかったと言っていた素材たちが、次々に出てくる未知の調理法で提供されるのを目にして、『私は100年もこの味を知らなかったなんて……』と愕然がくぜんとしていたヴァル氏の姿は記憶に新しい。


まあ、今回もまた帰って刺身や寿司で敗北する未来しか見えないんだけど。


「ええと、これはどっちに向かえばいい?」


洞窟から出たところで、ラビット氏がこちらに振り向いて訊いてきた。確かにこっちはフィファウデ方面から来る道からは外れた南西の辺りなんで、見覚えも無いのだろう。


「ああ、この道を左に行けばナヤボフトです。ちょっと人目につかない場所ってことで、外壁からも少し離れたところになっちゃったんですよね、スイマセン」


【ダンジョン化】の魔道具を置くのに丁度よさそうな場所を探してたら、南西の岩場か東の山間に戻るかしか無かったから、比較的近めの岩場にある洞穴に決めたんだよね。


「ええっ、歩くつもりかい? だったら馬車でも出すよ」


馬車? と思っている間に、ヴァル氏が持っていた魔法袋から馬2頭と御者のメイド、そして4人乗りできそうな扉付きの馬車本体を取り出した。


……そうだった、この人って単なる残念エルフじゃなくて、元王立研究所の最高顧問たる魔道具師だったっけ。


人造人間アンドロイドどころか人造馬も作れてしまう上に、あくまで魔道具だから魔法袋に入れてどこでも持ち歩けちゃうんだよな。


「久しぶりに見たなぁ、この馬車」


「そうだろう? キミに散々文句を言われて改良した思い出深い逸品だよ。さあ乗ってくれたまえ」


人造人間アンドロイドのメイドさんがドアを開いてくれるので中に入ると、流石は魔法袋を得意とする魔道具師の馬車というか、【空間拡張】されているようでワンルームの部屋ぐらいには広々とした室内となっていた。


こういったオーパーツじみた技術を見ると、この人も天才なんだっけなぁと思い出すんだけどね。うん。普段は単なる食欲魔人でしか無いから。


「それじゃスヴァヌル、出してくれ」


そう呼びかけると、馬車が動き出した。流石というべきか、全然揺れない。


「これは快適だね。これで台所キッチンでも付いていたら、旅が快適になりそうだ」


「おお、それはいい発想アイディアだよラビットくん! 戻ったら早速検討してみよう」


それ完全にキャンピングカーだよ。ベッドでも置けば暮らせちゃいそうだ。


そんな話をしながら、歩くと鐘1つ2時間ほどの距離を普通の馬車の2倍ぐらいの速度で魔道具馬車は進んでいく。


……格納門転移ゲートワープで、どこにでも行けるようになっておいて何だけど、逆にこうやってワイワイ旅するのもいいよなぁ。


ラビット氏がしばらく時間あるならと、長机テーブルに紅茶とアップルパイを出し、それらに早速手を伸ばすスケさんとヴァル氏を見ながら、俺はそんな旅暮らしを思い浮かべていた。

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