第183話 婚約とその影響

「私、ロブと婚約した」


「えっ、戻って挨拶がわりがそれッ!?」


年明け前の、まだ前の拠点を使ってた頃だから時は前後するけど、ルーデミリュから拠点へと戻ってきた後、クロエがアジトダンジョンから戻ってきたウォルウォレンの面々とリナたちへ初手でぶん投げたのが、その言葉だった。


第2玄関から居間リビングへと戻ってきたベルトたちは、クロエが何を言ってるのか把握できずに固まっていたが、クロエが横に座る俺の腕を抱くように引き寄せたことで、その意味をようやく理解し、各々が絶叫した。


「ちょっ、お前ッ……マジか!?」


「ご実家で何があったんで!?」


「冗談……ではないようね」


「ふ、ふわぁ……おめでとうございます?」


一応、ウォルウォレン内ではルクレール侯爵が繋がりを作るべく画策してる話はしていたと思うけれど、まさか本当に婚約まで持っていかれるとは思っていなかったのだろう。


まあ、俺も行く前にはそんなこと微塵にも思ってなかったけど……クロエはともかくとして、ナディーヌさんと出会ってしまった以上は、エンディングが分岐してしまったんだから仕方ない。


ナディーヌさんとクロエには、6日目の個別で充てられた時間に、一応意思確認はしている。


今のところは書類なども書いてない、口約束の状態だ。クロエもウォルウォレンのみんなと話をする必要があるだろうし、ってことで。


ルーデミリュには夏にでもまた行こうかとクロエと話はしているので、その時にでも改めてルクレール侯爵とご相談・・・をしようかと思っている。


◇◆◇


「しっかし……向こうの侯爵様に随分と気に入られたもんだな? ロブ」


「ま、まあ、そうだね……」


一応、ルーデミリュでの転覆クーデターの件はあまり公にすることではないので、リナやクララには明かしていない都合上、侯爵側の『御礼』とか『繋がりを持つ』といった辺りは、2人に隠している。


そのため、あくまで『クロエの付き添い』として送迎した……といった感じの筋書きストーリーにしていた。


その上で、街の案内中に現れた暴漢から『クロエの姉を助ける』ことになって、侯爵家の方々に『気に入られた』と、経緯を説明した。


……侯爵側の都合ってやつを省いてしまうと、それは娘を嫁に出すほどの決断に至る出来事なのか? と粗が目立つ話ではあるんだけど。


まあ、そこを追求されるような時が来たら、バラすのも仕方ないかなってことでね。


ここは、下手に詳細を知らない方が安全なこともある、ってことで。


「何にせよ、まだしばらくはクロエとパーティを続けられるってことでやすね」


うん、俺が標準的な卒業年齢である15歳までのあと3年は、クロエが婚約まわりで呼び出しを食らうこともないことになっている。


また、その後もある程度俺と一緒に活動さえしていれば、貴族としての面目も保たれるということになるらしい。


「それじゃ、ロブが学園から戻り次第でクラン申請するってことでいいのか?」


「うん、30層以降の攻略で手伝えることもあるとは思うし、ウォルウォレンのみんなが問題なければそれでお願いしたいかなって」


一応、俺がウォルウォレンに加入するとかってことも検討したんだけど、そうなるとスケさんやラビット氏は元より、リナやクララはどうするかって話にもなりそうで。


だったら、ウォルウォレンはそのままで、俺たちのへーデンパーティ勇者様御一行とクランを組んだという方にした方が、何かと動きやすいんじゃないかと考えたわけだ。


何より、俺の都合で今までのパーティを崩すのが申し訳ないって部分が大きい。


そんな辺りを加味して、ある程度はそのままでやっていける方法をクロエと検討した結果が、複数パーティが所属する形態──クラン形式だった。


……おかげで、侯爵家で過ごすはずだったクロエとのデートの時間は、色っぽい雰囲気が皆無ではあったんだけど。


「確かに、30層以降は1パーティで攻略するのが難しいようだからな。人数増やすか、連携するパーティ探すかって話はあったから、俺としては問題ねえが……ファルコ、グスタフ、お前らはどうだ?」


「あっしも問題ねえでさ」


ファルコの返事と共にグスタフも頷いてくれた。


一般に、30層以降は主に2つの理由で複数パーティでの攻略が推奨されているらしい。


1つは、到達できる探索者が減ることで倒されていない雑魚が多いため。


もう1つは、ゴブリンやオーク、狼といった種族がそれぞれ集まり、上位種によって統率された軍団が出現するため。


それらの理由により、複数パーティを率いて階層単位で一気に殲滅したり、間引いたりするのだそうな。


ひとまず、ウォルウォレンについてはクランを組むという方向で問題ないようだ。


ちなみに、スケさんとラビット氏は拠点に戻ってきた時に、既に話はしていて了解を取っている。


「んで……リナとクララはどうすんだ?」


◇◆◇


「私たちが学園を卒業したら、何かしらのお呼びがかかるまでは冒険者をしようかって思ってたけど、確かにロブがこの国を出るかで話は変わりそうね……どうするのかしら?」


一応リナとクララからは、パーティ勇者様御一行としての登録をそのまま残して、卒業後に冒険者へ復帰したいとの話を貰っている。


まあ、学園に入るという話も、元は『学園を出たら何をしてもいい』という、ウェスヘイム子爵との約束のためだったわけで。


お相手を探して、社交会やらお茶会やらに出るような暮らしは、真っ平御免ということなのだろう。


「いや、クロエもこのままトレフェンフィーハで冒険者を続けるつもりみたいだし、結婚するとなればスキルについても向こうの家に話すことになるだろうから、どこからでも通えるってことで、こっちで冒険者を続けるつもりだよ」


まだ相談もしてないけど、ナディーヌさんも学園では【精霊魔法】で常に1位だったって話だから、一緒にダンジョン巡りできないかなー、と思ってるんだけど。


ルクレール侯爵夫妻もまだまだご健在だし、何なら第2婦人みたいな話もあるぐらいだから、世継ぎはあまり急を要する話ではないらしいし。


この辺り、エルフの血が流れる貴族が多めのルーデミリュゆえの習慣の違いなんだと思う。60代で若造らしいからね、エルフ感覚だと。


「……リナはよかったんです? ロブさんのこと」


「よかった……って何のこと?」


「ほら、こう……以前は男性が苦手って感じでしたけど、ロブさんとは気の置けない間柄に思えたので、お相手によかったんじゃないかと……」


……クララ、今日は妙にぶっ込んでくるな。もしやお茶に酒でも入ってない?


「無いわ、無い無い。1年パーティ組んできたけど、そんなこと考えもしなかったもの」


間髪入れずに、ということはこういうことかと言わんばかりに、一笑に付してリナが答えた。


……うーん、こう、完全に眼中に無いと言われるのも、また癪は癪だよね。別にいいけど。


「でもそうね……こうしてパーティを組んで、ロブ以外にも師匠やベルトさんとかと話すようになって、気付いたわ。私、男嫌いって言うよりも、親の威光を笠に着た幼稚な振る舞いをする令息ってやつが、心底大嫌いなだけだったって」


……ああ、豚令息アレとかか。


まあ確かに、あんなのと幼少期から社交会とかに連れられた際に顔を合わせたら、当時の男爵令嬢としては、たまったもんじゃなかったろうな。


下手に手を出したら、絶対に怪我をしてただろうし。相手が。


「下卑た視線で見てきたり、変に見下したり、礼に失した対応をしたり……そんな野良のオークにも劣る言葉の通じない輩じゃなければ、案外話しても気にはならなくなったわ。正直、王都に着いてから公爵令息にお会いする予定すら憂鬱だったけど……今となっては何とかなりそうに思えるもの」


そういや、年末年始は子爵が王都に行ってしまったために先延ばしになってた面会の件が、ようやく果たされるんだっけ。


正直、『女神像の加護』によって成長ポイントによる有利アドバンテージは無くなったので、『勇者様』やら『聖女様』やらと言われるほどの価値は、ほぼ失われたと思うんだけどね。


ま、何にせよ、俺やスケさん、ラビット氏、あるいはベルトたちとの関わりによって、男嫌いが幾分和らいだって話なら、パーティを組んだ価値はあったんじゃないかな。


「……まあ、貴方みたいな気軽に話せる相手と、最初から出会って婚約でもしていたら、私の目指すところも違っていたでしょうけどね。でも、お父様が陞爵して領地持ちとなった以上は、貴族の娘としての役割を果たさないといけないもの」


うーん、金銭面や待遇などで得てきた利益のために、一部の行動が個人の意思とは関係なく定まってしまうという意味で言えば、政略結婚というのも一種の貴族としての役割ノブレスオブリージュってやつなんだろうか。


しかし、政略結婚とわかっていても、状況によってすっぱり意識を変えられるってのは、やっぱりリナも貴族として育てられてきたってことなんだろうな。ぼくにはとてもできない。


「いずれにせよ、今となっては選べる立場でも、ロブを指名することは無いでしょうね。もう、弟ぐらいにしか思えないもの」


えーと……好意的に解釈するなら、家族みたいな親しみを感じていますよ、ということなんだろうか。


……でもさ、俺って弟だと思われてたの? ねえ。


なんか中の人の年齢的に言っても、あんま納得いってないんだけど。

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