第212話 探索開始

「……便利そうね、それ」


「ああ、うん。地図を描くのに丁度よくって」


ダンジョンでの地図作成と聞いて、木の板と硝子ガラス板と適当な革紐で『画板』を作っておいたのだ。


アレね、小学校とかの課外学習で絵を描かされる時に首から下げて使うやつ。


明らかにダンジョンという場には合わない絵面ではあるんだけど、戦力は十分にいるし問題はないだろう。


しかし実際、斥候スカウト盾職シールダー、そして主戦力メインアタッカーと前衛が揃っていると、中・後衛としては後方の索敵と荷物持ちぐらいしかやることが無い。


というわけで、現在は転職ジョブチェンして測量士マッパーとして働いております。


測量士マッパー兼詩人、なんて設定のラノベを中学時代の図書室で読んだ記憶があるから、設定上は問題ないとは思う。


測量士マッパー運び屋ポーターだ。ただし方向音痴ではないつもりだけど。


まあ、雑用全般を受け持つのが非戦闘職の宿命ってやつでね。帳簿付けたり宿を取ったりね。


……なんか、そのうち追放されそうだな、この立場。


いやでも、戦闘に関しては本当に今のところ何もやること無いんだもの。


とりあえず部屋的なものがあったら(というかあることは分かってるんだけど)、改めて各自の自己紹介というか、スキルを見せていこうという話になっていて。


それまでは、索敵を『任せてください!』と言ってくれたドロテーアさんに頼んで、のんびり後ろから歩いてついていく、という感じになっている。


「……へえ、なるほどね。紙って透けるから、そういう使い方もできるのね」


「画板に線を描いておくと、こうして向こうが少し透けるから、寸法がずれにくいんだよ」


格子状の線を筆墨インクで描いた硝子ガラス板を画板に嵌めてあるので、裏から弱めに当てた【光源ライト】で綺麗に線が浮き出るんだよね。


本当は大きめの羊皮紙に描けばいいかと思っていたんだけど、わざわざ綺麗な格子の線を何度も描くのが煩わしそうだったんで、この方式にしてみた。


紙だと、寸法ぴったりで作られているから、枠をきっちり作っておけばズレないしね。


それに、この裏から【光源ライト】を当てる方式だと、複写コピーするのが非常に楽っていうね。


そのために、1枚あたり大銅貨2枚2000円もする紙を買ったようなものだし。


……愚痴マスからは、出来上がった地図でも納品して、精々ふんだくってやろうじゃないか。


「この先、ネズミがいます!」


おっと、ドロテーアさんが最初の魔物を発見してくれたようだ。


測量士マッパーは一旦休職して戦闘に加わらなくては。……果たして職業が何になるのかは定かじゃないけど。


「それじゃ、ブートは【挑発タウント】で引きつけて、テアは死角から【不意打ち】を狙ってみようか」


「はい!」


「承った……【挑発タウント】!」


探索を始めた直後ぐらいに、ドロテーアさんから提案があり、リナカタリーナのように短い愛称で呼ぶようにしないかという提案があった。


まあ確かに、上方落語の『寿限無』みたいに、助けを求めた先で川に落ちた子の名前を告げている間に遠く流れていってしまっては困るので、短いのに越したことはないだろう。


……といった理由で、今後はドロテーアさんのことはテアと、またブート嬢のことも敬称を取ってブートと呼ぶことになった。


初の探索である今日の目的は、パーティでの戦闘隊形に慣れることではあるので、ネズミだからといって『倒して終わり』にはしないつもりだ。


まあ、ひと回りして地図が出来たら、とっとと次の階層に行って別の魔物と戦ってみることになるだろうけど。


盾を叩いて【挑発タウント】を発動させたブートに向かってネズミが走って──1層の魔物だから脅威度はお察しのため、歩いていると言ってもいい速度だけど──来るのを、盾で抑える。


その背後に回ったテアが後頭部付近にナイフを突き刺して、一気に仕留めた。


うん、やっぱりパーティ戦の基本はこれだよね。敵対心ヘイトを盾が集めて、周りが斬りつける。


敵対心ヘイトの分散とかの話は、もっと時間がかかる戦闘になってからの話ではあるから、恐らくは10層以降辺りになりそうだけど。


「いいね、お疲れ様。【清潔クリーン】」


ネズミを刺した時の返り血がテアの服や腕に付いていていたので、綺麗にしておく。


「あ、ありがとうございます……」


「うん、汚れは【生活魔法】があるんで気にしなくていいから、積極的に急所を狙いにいっちゃってね」


てか、割と躊躇なく延髄に刺しに行ってたけど、この侯爵家のお嬢様は随分と戦闘慣れしているな。


遠くからちまちまとクロスボウでも撃つような、安全な『成長レベリング』をしてきたわけじゃなさそうだ。


……まあ、そうじゃなければ志願してパーティに入れてほしいなんて言い出さないか。


「ブートもお疲れ様。あんな感じで敵対心ヘイトを集め続けてくれると、動きやすさのため軽装にしている前衛の被弾も減らせるし、クララやヌールの回復する人数も少なくて済むからね」


恐らく10層を超えたぐらいの、敵が知能を持ち始めて集団化してくる辺りからではあるけど、敵対心ヘイト管理を怠ると途端に回復職に標的タゲが移って、隊形が崩れるからね。


「常に被弾を強いられる割に少し地味かもしれないから、大変だとは思うけど……」


「いや、騎士として仲間を守る立場に身を置けるのは、やり甲斐があるので問題ない。むしろ、まだ敵も弱いとはいえ、こうして難なく仕留められる手法があるのは興味深い。ロブ殿はパーティでの戦闘にも通じているのだな!」


ああ、いや、うん。喜んでいただけたなら何よりなんだけど。


でも実際、【盾職】のスキルとして【挑発タウント】や【盾反撃シールドバッシュ】といった辺りが更新アプデによって明示されたことによって、今後は立ち回りの『常識』というのも変わっていくんだと思う。


この前とうとうゴールドAランクに昇格したベルトたちも、スキルレベルに対して把握してなかった技が、いくつもあったぐらいだし。


ちなみにウォルウォレンの面々は、ちょうど俺たちがヨンキーファを出る辺りで指名依頼を受けており、ルーデミリュへの『教会設置』に係るシスターたちの護衛で、王都モンスインペリまで行くと言っていたっけ。


「それじゃ、次が来たらヌールとクララの後衛を交えた感じをやってみようか。射線を空けてもらう声かけとか、立ち回りの練習だね」


……と、そんな感じで戦闘訓練を兼ねつつ、俺たちは探索を進めていくことにした。


しかし……やっぱりアジトダンジョンと違って、全然接敵エンカウントしないな。


次の敵を待っている間に、最初の小部屋に着いてしまったもの。


◇◆◇


「それじゃ、私からね」


最初の小部屋に到着して、特に魔物も出現していないことを確認したので、早速椅子でも出して座ってもらい、各自のスキルを見せていこうと──


「ちょ、ちょっと待ってもらっていいかな?」


……と、そこにブートから待ったがかかった。


「何かあったかしら? ブート」


「いや、『何か』も何もだね……ロブ、今のって何? どこから出したんだい、これ」


ブートは床へと置かれた、長椅子を指して訊いてきた。


いつも通り、でこぼこした洞窟の床をならすのに土も敷いている。


リナから『いつもの椅子を出してもらっていい?』と要望されたので、準備しただけですけど、何か。 


「ああ、その辺はロブの時にまとめてしてもらうから。ほら、テアもぼーっとしてないで座りなさい」


「えっ、ええと……はい」


テアも、土と椅子が出てきたのを見て唖然としていたけど、リナに促されるまま椅子に座った。


煙に巻かれた様子のブートもテアの横へと座り、話は再開されることになった。


ちなみにヌールちゃんは『凄い凄い!』と手品を見たような感じで受け入れて、既に俺の横に座っていた。

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