第200話 地図帳

「もしかして、20層以降の地図作成が、数少ないブロンズCランク向けの依頼になるかもな?」


「まあ、もしも依頼を出す時は『指名依頼』で頼む。こっちは学生だから、学業に忙しくて忘れたり見逃したりするかもしれないし」


領主とかもそうだけど、ギルマスからの指名依頼だと、評価と報酬が上乗せされるらしいからね。


俺は別に有名になる必要もないし、あまりなりたくないぐらいだけど、リナとクララは俺が抜けた後も、2年ほど学園で活動することになるわけだし。


ギルドから目をかけられてるとか、信頼されているみたいな影響を今のうちに見せておけば、多少なりと手は出しにくくなるだろうから。


「チッ……足元見やがって」


「まあその分、それなりの品質は保証するさ」


むしろ、『草地図』程度に品質を落とさないといけないのが難しそうだけど……まあ、その辺りはリナやクララに監修してもらうことにするか。


……あれ? そういえば。


「王立騎士団が出入りしてる、って話なら、そっちから地図を融通してもらうのは難しいのか?」


蘇生薬を入手する場合、フィファウデであれば30層より先って話をベルトから聞いた記憶がある。


となると、ポーションが出るダンジョンとはいえ20層やそこいらの浅い層で出るってことは無いと思う。


であれば、王立騎士団は深い層まで地図を作って持っていてもおかしくはないと思うんだけど。


「あぁ……まあその辺は、王国とギルドとの線引きってやつで、基本は相互不干渉ってことになってんだよ」


領主と冒険者ギルドが近いことは、ダンジョンを運営する上で必要だからよくある話ではあるものの、法律を扱う国家と冒険者ギルドが近すぎるのは、危険だと考えられているらしい。


そのため、冒険者の情報をよこせだとか、逆に王宮や王国騎士団の持つ情報を出せとか、そういった要求を行わない不文律になっているそうな。


今回の学園ダンジョンの地図も、王立騎士団が独自に持つ情報に含まれる、ということになるのだろう。


確かに、冒険者ギルドの『独立性』ってのは、異世界モノにおいては割とよくある設定かもしれない。


冒険者を戦争の兵として出さないとか、そう言った類の依頼を受けないことが、ギルドの規定ルールとして定められていたりとかな。この国のギルドはどうだったっけ。


「国は『法』で人を動かせるし、ギルドは『強制依頼』で冒険者を動かせる。仮に国が冒険者ギルドに干渉できるとなると、歯止めが効かなくなるからな。だからこそ、ギルド側も国に干渉しない」


まあ、ルーデミリュが冒険者ギルドを使って、戦争に向けて『成長』した奴隷を冤罪で量産した……なんてのは、国とギルドが持つ『力』を使った最悪の例になるんだろうな。


「まあ、事件性のあるものとか、互いに利害が一致する場合はその範囲じゃねえが……今んとこ、こっちには王立騎士団に返せるもんが無えからな。だからといって、借りをつくるわけにもいかねえ。……ってことで、そういった申し出は出来ねえ、ってわけだ」


まあ、しゃーねえ、か。王立騎士団が欲しがるものとか思いつかねえし。


あとは持っているとすれば……学園側ぐらいか。


引率のために、ある程度の深さまでは地図ぐらい持っていそうだし。


けど、それだって授業で使うなら20層ぐらいまであれば、十分だっただろうからな。少なくとも今までは。


まあせっかくの商機だし、冒険者ギルドに高く売りつけてやればいいか。……やりすぎない程度の解像度で。


「何にせよ潜ることになるのは、単位認定試験の後だな。審査の件もあるし。なるべく空き時間を作って探索しに来るつもりだから、今のうちに白金貨・・・でも用意して待っててくれ」


「ハッ、『蘇生薬』を取ってくるってか。ま、冒険者らしいかもしれねえけどな、夢をデカく持つってのは。……しかし、万が一にも手に入れてくれたんなら、そいつは確かにギルドを置いた甲斐があるってもんだな。そん時ゃ名ばかりのギルドマスター権限てやつで、シルバーBランクの推薦にでも署名してやるぜ?」


……言質取ったな。


まあ、ここで手に入れたもんじゃないけど、既に入手経験があることを示したら、愚痴マスは果たしてどんな表情をするだろうか。


◇◆◇


「ま、しばらく顔を合わせることになるんだ、よろしく頼んだぜ」


話もひと段落したということで、俺たちは愚痴マスに見送られて部屋を後にした。


……しかし、【地図マッピング】による地図作成か。


『地図帳』なんてのを作ったら、その情報価値は高そうだよな。


異世界転生した伊能忠敬だろうか。それにしては、あのスキル【地図】は流石に出鱈目チートすぎるけど。


まあそのうち、あのお高い紙でも買って、清書したものを作っておこうかな。


フィファウデとか、ルーデミリュの有名どころのとかを作って、『攻略本』みたいにまとめてみたらどうだろう。


情報は集められることによって、意味を持つこともあるからな。


それこそ、観光目的でダンジョン巡りしたいと思ってたし、需要はありそうだ。


うん、思いつきではあるけど、こいつはなかなか良い生涯の仕事ライフワークを見つけたもしれない。


「それじゃ、俺はこっちだから」


さて、時刻は既に6の鐘16時を過ぎてしまっていたので、冒険者ギルドのさらに北側にある図書館は後日確認することにして、寮へと戻ることにした。


まだ若干見慣れない校舎を、売店の辺りまで引き返したところで、俺は3人と別れた。


ここから東に行ったところが、校舎に接続した女子寮の入口になっており、西に行ったところが同じく男子寮に接続した入口になっている。


「それじゃリナ、クララ、任せちゃって悪いんだけど、ヌールちゃんの試験関係の補助フォローと、ブーツさんへの単位認定試験の確認、よろしく頼むよ。また明日」


「ええ、大丈夫よ。それじゃ」


「また明日ですね」


「じゃあね! ロブ様!」


……なんとなく、フィファウデのダンジョンに潜る際、前日入りして宿に泊まった時を思い出すな、こういうの。


拠点では、いつも2人が帰っていくのを見送るだけだったのが、宿では別々の部屋に戻っていく感じで新鮮に思ったけど、今日からはこれが日常になるわけか。


3人と別れてしばらく歩き、男子寮の入口が近くなると、ちらほら同様に学生が入っていくのが見えた。


入る前に寮と聞いた時の印象はと言うと、なんか体育会系で上下関係きっつい汗臭い感じの合宿所……みたいな先入観イメージがあった。


けど、実際に入ったあとの学園のこの寮の印象はと言えば──良くも悪くも『周りに不干渉』という感じだ。


学園内は『学内では身分に関係なく平等』が明文化されているだけあって、表立って平民を見下すような生徒ってのは今のところ見かけない。


……というか、入学試験時点でどうやら排除されたっぽい。多分ね。


しかしながら、新制度の説明会で垣間見たように、薄皮一枚を剥いた下では『平民や下位貴族と関わりたくない』という本音があるのだろう。


リナが面識ある様子だった、恐らく公爵家の子息であるアルベルトという雅メンも心配してくれていたようだけど、不必要に接触すること自体によって、相互に・・・不利益が発生する可能性は上がるわけで。


定番だからな、平民だと下に見られて散々罵倒されたものの、面倒に関わるとか勘弁してほしいとばかりに無視していたんだけど、逆に無視をするのは無礼とか言い出して決闘する流れとか。


流石にそんな決闘大好きな蛮族がいないことを願いたいけど、そんな状況が発生する確率を少しでも減らしたいと考えていけば、自然と『棲み分け』しようとなるのだと思う。

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