15 無機物を見る目
国王は私室のソファにゆったりと腰をかけ、皇太子が部屋に入ってくるのを待っていた。
表情には酷薄な笑みが薄く浮かんでいる。
あの若造をひれ伏せさせる、国王は人の最高位、神に等しい存在なのだ。
それを思い出させ、今までの態度を謝罪させる。
そして、自分こそがあの女神にふさわしい存在であることを、若さだけを武器に、神に等しい尊い存在、王に挑んだ愚か者に、嫌というほど思い知らせてやるのだ。
王の私室の扉がゆっくりと左右に開いた。
先頭には頭に包帯を巻き、それでもまるで舞踏会にでも出るようなきらびやかな正装をした美丈夫、皇太子が立っていた。
その後ろには国王から見て向かって右にラキム伯爵、左にジート伯爵の姿が見える。
どちらも皇太子と懇意にしている上級貴族であり、皇太子妃は両伯爵家の血につながる者であった。
おそらく、皇太子に国王への謝罪を勧めたのはこの二名であろうと国王は推測した。
皇太子にもしものことがあれば、皇太子妃と縁深い両伯爵家は凋落するかも知れない。それで必死に謝るようにと言い聞かせたのであろう。
両伯爵の後ろには数名の護衛らしき男たちが続いていた。
その後ろにはさらに数名の衛士が。
(情けない男だ)
国王は先頭の皇太子を軽く軽蔑する目で見る。
親に謝りに来るのにこれほどの応援団を頼まねば来られぬのか。
だが、それでもこうして来たのだから、王として、広い心で許してやらねばならんだろうな。
皇太子が他の者たちより一歩先に国王に近づく。
他の者たちは少し離れた場所から頭を下げ、皇太子を送り出した形になった。
国王の数歩前まで進むと、皇太子は片膝をつき、優雅に正式の礼の形をとる。
「父上」
静かに、ゆっくりと、丁寧に父親に声をかける。
「今朝は大変失礼をいたしました、どうぞ私のご無礼をお許しいただきたい」
そう言うと、さらに深く頭を下げる。
国王は満足そうに表情を和らげると、礼をする息子に声をかけた。
「いや、分かればよい。それにおまえも悪意があってのことではなかろう、王として、父親として、お前の謝罪を受け入れる」
「ありがとうございます」
皇太子は頭を下げたままじっとその姿勢のままでいる。
「頭を上げなさい」
そう言われ、やっと頭を上げた。
「立ちなさい」
そう言われ、やっと立ち上がる。
「ありがとうございます、父上の寛容さに感謝をいたします」
そう言ってもう一度深く会釈をした。
「もうよい、下がれ」
国王は上機嫌でそう言ったが、皇太子は会釈をしたままじっとその場を動かない。
「何をしておる、もう下がってよいと言っておるのだ」
「はい、ですが、私からも申し上げたき儀がございます」
「なんだ?」
国王が不審そうな表情になりながらも、
「よい、申してみよ、許す」
そう言うと、
「ありがとうございます」
皇太子が深く頭を下げてから上げた。
「王座をお譲りください」
一瞬、何を言われたのか分からず、困ったようになった国王の顔が、次の瞬間に真っ赤に染まった。
「おまえは、何を申しておる」
「ですから、私に王座をお譲りくださいと申し上げております」
国王はソファから立ち上がった。
唇がワナワナと震えている。
「いいか、おまえは私の血を分けた息子だ、だからこそ一度だけなら許す。今なら、今すぐそこに這いつくばり、心から許しを乞うならば何も聞かなかったことにする。だが」
大きく一つ息を吸い、国王は冷酷な眼差しを皇太子に向けた。
「できぬと言うのなら、いつまでもその世迷言を続けると言うのなら、今すぐおまえを廃し他の者を皇太子とする。いや、私がこれからマユリアとの間に作る新しい子どもを皇太子とする。命ばかりは取らぬが、改心するまではどこかに幽閉してくれる」
内心の怒りを出すことなく、静かに滔々と言葉だけが流れ出していた。
皇太子は身動き一つせず、立ったままの姿勢で、ソファに座った姿勢の父王を見下ろす。
その顔にはなんの表情も見当たらなかった。
国王は、父は、その様子を自分もじっと表情を出さずに見上げる形になったが、さすがに三十年以上に渡って一国の頂上に君臨していたこの国の人の最高位であった存在である、
「おまえはさきほど、今朝のことを謝罪すると言ったな」
「ええ、申しました」
「あれは、一体何を謝罪したつもりであったのだ」
国王の目にほんの少し悲しみが混ざる。
実の子に裏切られる、それがこれほど悲しいとは。
「おまえが謝罪したい、そう申していると聞いて私がどれほどうれしかったか、おまえにその気持ちがわかるか?」
子は、まだ黙ったまま父を見下ろす。
「なんとか言ったらどうなのだ、一体何をどう謝るつもりであったのだ」
子の過ちを諭すように、優しい響きすら入る言葉を息子にかける。
「私が謝りたかったのは」
やっと子が口を開いた。
「本当のことを申したことです」
「なんだと?」
「本当のことを言われ、あなたがどれほど傷つき、どれほどお怒りになるか分かっていながら、本当のことを言うことを止められなかった。年寄りを
そう言い放つ目は無機物を見る目であった。
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