12 夢と現

「だけどな、それが正義感から、使命感から、たとえ悪いやつじゃない人間のやることだとしてもな、だからってそれをよしよしって言ってたら、こっちがえらい目に合うからな。それはそれ、これはこれとして分けて考えねえとな」


 トーヤが、ヨッと声をかけて立ち上がり、伸びを一つする。


「この宮を元の通りにセルマの専横政治のない宮に戻す。そうしておいて、俺らはこいつと」


 と、エリス様の扮装の中のシャンタルをアゴでしゃくり、


「マユリアとラーラ様をここから連れ出す。目標はそんだけだ」

「でっかいそんだけだなあ」


 ベルが先行きを考えたようにため息をついて言う。


「そんだけだよ、まあがんばろう」


 アランがそんな妹の頭にポンッと手を置いてそう言った。


 その日の午後、今度は奥様がキリエの私室へ見舞いに行くことになった。


「お世話になっておりましたキリエ様にも、やはり一言申し上げておかねばなりませんから」


 と、侍女から神官長にそう言付けがあり、神官長も特に行くなとも言わない。


「そりゃ、前もってセルマがキリエさんにケンカ売りに行ってるしな」

「そだな」


 そう納得して、奥様が侍女に伴われ、侍女頭の私室へと見舞いに向かった。


「それで、今日の奥様はどなたなのです?」


 前回、ベールをめくると中からトーヤが出てきたところから、キリエが愉快そうにそう訪ねた。


「キリエ」


 予想をしていなかった男性の声が耳に飛び込み、キリエの目が見開かれる。


 奥様がふわっとベールをめくると、中から銀色の髪、褐色の肌、そして深い深い緑の瞳の麗しい精霊が現れた。


「あ……」


 キリエがそう声を出したまま、ベッドの上で身動きをしなくなる。

 精霊に見つめられた瞳から、一筋すっと涙が流れた。


「よく、ご無事で……」


 それだけ言うとそれ以上の涙は流さず、静かに目を閉じる。


「うん、みんなのおかげでね。やっとこうしてキリエとも会えたよ」


 ニッコリと笑うその美しい笑みを、キリエが懐かしむようにじっと見つめた。


「いやだなあ、そんなに見られたら恥ずかしいじゃない。私、そんなに変わったかな?」


 からかうように言うシャンタルに、


「ええ、お変わりになられました。すっかり大人になってらっしゃって。キリエは、あのお小さいあなた様しか存じ上げませんから、ええ、本当にどう申し上げてよいものやら」


 視線を外さぬまま、そう答えた。


「本当にキリエと、それからミーヤにはお世話になったものね、あの時」

「はい」

「色々と恥ずかしいことも知られているんだよね。あっ!」

「どうなさいました」


 いきなり声を大きくした奥様の中の人に、キリエが心配そうに聞く。


「いや、あのね、トーヤが、アルロス号の船長のディレンいるでしょ、あの人がトーヤが子どもの頃を知ってる人でね、それで一緒にいると、なんだか変な顔をするんだよ。それが、多分こんな気持ちなんだろうね」

「まあ」


 そう言ってシャンタルがクスクス笑うのに、キリエも相好を崩す。

 幸せそうな笑みであった。


「なんでしょう、あなた様とこんな話をできる日が来るなど、思ったこともありませんでした」

「どうして? あの日、待っててくれるってそう言ってたじゃない。だったらこうして話をできることは当たり前のことでしょ? 違う?」

「ええ、それはそうなのですが。なんだか夢の中の出来事のようで」


 あの日、八年前のあの時、シャンタルが死のように深い眠りに入る前、最後に話をしたのがキリエであった。


『きっと、きっとお戻りくださいます。その日までキリエもがんばってこの世に留まっておりますから』


 そう言うキリエにシャンタルは、


『なんか、キリエ、トーヤみたいなこと言う』


 そう言って笑ったのだ。


 その後、眠りについたシャンタルは湖に沈められ、「助け手たすけで」のトーヤと共に危機を乗り越え、そして海を渡ってアルディナの神域で生きてきたのだ。


「色んなことがございましたでしょう」

「うん、色んなことがあったよ。今はあまりたくさん話せないけど、またゆっくりと話してあげるよ。そうそう、ベルたちと会った日のこととか、そのあとの4人で一緒にいるようになってからのこととかも」

「はい、またお聞かせください」


 侍女のベルは、そんな二人の会話を黙ってじっと聞いていた。


 なんだか不思議な気持ちであった。

 こちらに渡る前、一夜で大急ぎで何があったかをトーヤとシャンタルから聞いた。

 それはまるで夢の中の話、物語のように聞こえた。

 

 目の前の二人、物語の中の二人、どちらも同じ二人なのに、ベルの中では今ひとつ分かったような本当かどうかが分からないような、そんな感じでぶれたまま存在していたように思う。

 こちらに来て、今もまだ続く「中の国の奥様ごっこ」の中にいるからだろうか、小さかったシャンタル、18歳だったトーヤ、それが今の姿と同じ人だとなんとなく受け入れがたい、そんな感じがまだしている。


 まるで、夢とうつつの間に自分が浮かんでいるような、なんだか奇妙な感じがしていた。


「どうしたの?」


 そんなベルにシャンタルが声をかける。


「う、ううん」


 ベルはどう答えていいか分からずに、ただそうとだけ返事をした。

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