7 リルの部屋で
「一体何があったのかしら」
シャンタルとベルが王宮で「奥様と侍女ごっこ」をしていた頃、リルがベッドに横たわりながらミーヤにそう言った。
「ええ、本当に」
「それで、神殿に行った2人は今も行方が分からないのね?」
「私がこちらに来た後で戻っているかも知れませんが」
そう思いたいが、そんなことはないだろうという気がした。
「あの2人なら心配はないと思うけれど、でも、王宮にいらっしゃる女性がお好きな方が興味を持たれたりすると、ちょっと……」
リルは言葉を濁すが、何を言いたいのかミーヤにも推測がついた。
「そんなことはないと思いたいのだけれど」
「気持ちは分かるわ」
奥様、エリス様は中の国の貴婦人という設定になっている。そして、もしも姿を見られたら自害する、そこまで言っているのだが、単なる脅しと考えて、無理に顔を見てやろうという方がいらっしゃらない、とも言い切れない。何しろ高貴な方々は、ご自分の要求が通らぬということがあまりないのだから、我慢できるかどうか。
「それと、トーヤは国王様に何かあったんじゃないか、そうも言っているのよね」
「ええ」
「いくらお元気でも、いきなりということは誰にでもあるから、ないとは言い切れないわね」
「リル」
「本当のことよ。私自身は身内にそのような人はいないけれど、でも、時々聞くことがあるわ。人間、誰も明日のことは分からないものよ。特にご高齢となるとね」
ミーヤが言葉に困る。
「それから国王陛下と皇太子殿下の間で何かが起きたのではないか、とも言ってたのよね?」
「え、ええ」
「私もそっちの可能性の方が高い気がするわ」
リルは事情通である。このところの王宮での親子のいがみ合い、その話もあちらこちらから耳にしている。
「国王様が皇太子殿下にかなりご立腹だそうよ」
「国王様が?」
「ええ、前回はご自分の元に来るようにと約束させたけど、今回はマユリアがご実家に戻りたいから後宮には行かない、そうおっしゃっているらしくて」
「え、そうなの?」
「ええ、ご両親の元へ戻りたいと」
「そうなの……」
女神をその身に宿してはいるが、マユリアとて人の子なのだ、自分の親に会ってみたい、そう思う気持ちは分かる。
「八年前は揉め事が起きないように、それで表面だけ後宮へ入られることに承諾しているようにしていらっしゃったんですものねえ」
リルもみんなと一緒にマユリアの夢の話を聞いていた。そして、なんのために後宮入りを受けたのかも理解していた。
「今はその必要もないし、だから正直なお気持ち、ご両親に会ってみたい、そうおっしゃられたのでしょうね」
「ええ」
「そして海の向こうへ行ってみたい、そうそう、海賊、ミーヤもご一緒するのよね?」
「まあ」
リルの軽口にミーヤは少し心が軽くなった気がした。
「でも、もしも、国王様と皇太子様がマユリアのことで何か
「リル」
今はすっかり黙り込んだ「王宮の鐘」と同じように二人で黙り込む。
誰も何も連絡をしてこない。
もしかしたら宮にも何も連絡が届かないのかも知れない。
いつもは宮と王宮にはさほどの接点がない。神と人の生きる領分が違うからだ。
だが、さすがに王宮に何か大きな出来事があった時には、やはり宮にも影響があることもある。例えば今回の「王宮の鐘」がそうだ。
「王宮の鐘」は主に王家の方々の訃報に際して鳴らされることが多い。大抵の場合は高齢の王族が体調を崩し、それからしばらくして鳴ることが多いので、いよいよその時が来たのかとみなが心の準備をした時に鳴るという印象である。
ここしばらく、王家の方の不調という話を耳にしたことはない。今、最高齢は国王の伯母、前国王の姉で、どこにも嫁がずにずっと王家の一員として離宮で暮らしていらっしゃる王女様が80歳になられるが、ご健在だと聞いている。次が国王の母である皇太后、こちらも70代でご健在だ。
「なんにしてもご不幸ならこんなに長い間何も連絡がない、ということはないように思うわ」
「ええ、私もそんな気がするわ」
「なんにしても、ミーヤが来てくれてよかったわ、一人でじっと寝ているなんて、おしゃべりな私には耐えられないもの」
「まあ、リルったら」
こんな時にも空気を明るくしようとするリルに、ミーヤもクスリと笑う。
「でもあれね、事情があれば多少の移動はいいのでしょう? だったらエリス様のお部屋へ行きたいわ」
「え!」
「だーいじょうぶよ、そのぐらい。こんな変なことになってるんですもの、私の体のこともあるし、何かあった時のためって言えばなんとかなるわよ」
「あ、ちょ、ちょっとリル!」
ミーヤが止める暇もなく、リルが「よいせ」っと声をかけ、侍女の上着を羽織って出かける準備をする。
「さ、行きましょう。早くしないと廊下で出産なんてことになったら困るでしょ?」
「もう」
ミーヤが苦笑しながらリルに腕を貸す。
確かに二人きりであれやこれや考えるより、エリス様の部屋で事情を知る者たちと一緒にいる方が、何かあった時に動きも取りやすいだろう。
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