8 アルロス号で

「なんだなんだ、あの鐘は」

「えらい大騒ぎな鐘だな」

「うるせえな、今までこんな鐘聞いたことねえぞ、なんの鐘だ」


 アルロス号の上では船員たちが激しい鐘の音に驚き、思わず作業の手を止めてしまっていた。


「何の鐘ですかな、あれは」


 ちょうどオーサ紹介のアロがディレンを訪ね、リル島の土産物として新しく開発中の商品を広げて見ていた。


「あれは、あの鐘は、王宮の鐘……」


 そう言ってアロが黙ってしまう。


「王宮の鐘?」

「ええ、そうです。多分間違いがないですな。王家の方にご不幸などがあった時に鳴らす鐘です」


 アロの表情が固い。


「ご不幸が?」

「ええ、その時だけとは限りませんが、多くがその時に鳴らされる鐘です。ああ、八年前のことを思い出しました」


 アロが赤みを帯びた顔色を白く血の気を引かせながらそう言う。


「リルが、今、宮におるのです」

「え?」

「宮へ上がった時に、少し体調を崩したとかで、お腹の子のためにしばらく休ませてもらう、そう言っておりました」


 ディレンも聞いていた。本当は体調はいいのだが、それを口実に宮に滞在する、そう言っていた。

 言ってはいたが、何しろ今の状態が状態だ、常とは違う。知っていてももしかして、と思わぬこともない。それをそう聞いているアロの心配はどれほどか。


「でも鐘が鳴っているのは王宮ですよね? 宮の方は大丈夫なのでは」

「そうは思うのですが」


 アロの顔色は戻らない。


「ご心配なら宮へ連絡を取ってみたらどうでしょう。何なら私が行っても構いませんが」

「いえ、それが、そういうわけには」


 そう言ってアロがディレンに説明したことは、この鐘が鳴ったらその後のお達しがあるまで、よほどのことがない限り、その場から動いてはいけない、移動してはいけないということであった。


「そんな決まりがあるのですか」

「そうなのです」

「ですが、この場合はよほどのこと、に入りませんか?」

「いや……」


 アロにとっては「よほどのこと」であったとしても、今この時、リルが生きるの死ぬのという状態ではないだろうと思うと、そうだとは言いにくい。


「アロさんにとってはよほどのことだ、そうでしょう?」

「いや、それはそうですが……」

「どうでしょう、私が様子を見に宮へ行ってみましょうか」

「え!」


 思わぬ申し出であった。


「ですが、ディレン殿にそのようなご迷惑をかけるわけには」

「いや、私ならまだなんとかなると思いますよ」


 ディレンが安心させるようにニッコリと笑う。


「何しろこの国の人間ではありません。アロさんとこんな話をしていなかったということにすればいい。それで、思わぬ鐘にエリス様御一行が心配で宮へ飛んでいってしまった、そのついでにアロさんの娘さんも見舞いに行った」


 そう言ってからふっと首を振る。


「いや、宮の侍女の方の部屋には入れませんな。でしたら、部屋付きの侍女の方、ミーヤさん、リルさんと同期の方だとおっしゃっていた、あの方にでも様子を伺う、それならなんとかなりませんかな?」

「あ、いや……」


 アロは少しばかり首を捻って考える。


 ディレンの申し出は非常にありがたい。

 だが、そんな個人の勝手で国の決まりごとを破るのはやはり良心に引っかかるものがある。


「もしものことなどない、そうお思いならそれでもよろしいが。それでもやはり、私はエリス様御一行の様子を伺いに宮へ行きますよ。アロさんが不要とおっしゃるのなら、お嬢様のことは聞いてはこない。それならアロさんも決まりを破ったことにはならない、そうですな?」

「ディレン殿……」


 そこまでの申し出にアロは甘えようとやっと決心をする。


「ハリオ」

「はい、船長」


 黒い瞳、黒い髪、トーヤの代役を務めたあの若い船員を呼ぶ。


「おまえがここでアロさんのお相手をしていた時、あの鐘にびっくりした俺は知らん間に宮へ行っていた、そういうことだ」

「了解です船長」

「じゃあ、後のことは頼んだぞ」

「いってらっしゃい」


 それだけ言うと、アロは船を降り、馬に飛び乗って宮へと走り出した。


 アロは確かに親バカだが、自分はそれに勝る親バカなのだ。


「なんせ、バカ息子に殺されてやろうとまで思うバカ親父だからな」


 誰にともなくそう言うと、大笑いしてから馬の速度を上げ、宮のある聖なる山への道を急いだ。


「止まれ!」


 カトッティの港からリュセルスに入る門で憲兵に止められた。


「何事です!」


 どうどう、と馬の足を止めながら、馬上から声をかける。


「あの王宮の鐘が聞こえなかったのか! 誰もその場から動いてはならん!」

「え、なんですそれ」


 いかにも今初めて聞いたという顔で、馬から降りないまま、ディレンが驚いた顔をしてみせる。


「おまえ、外の国の者か?」

「ええ。宮の御用で伺うところなのですが」

「宮の御用?」


 この国の人間はこの言葉に弱い。


「ええ、そうです。宮の直々の御用です」

「用向きはなんだ!」

「それは申せません」


 門の左右を守っていた憲兵二人が門の中央でひそひそと何か相談をする。


「これを」


 懐から出した手形を見せる。

 宮の侍女頭キリエ直々の手形だ。

 

「これは……」

「仕方ない、通れ」

「ありがとう」


 ディレンは、「はいっ」と馬に声をかけ、後は一目散に王宮から宮へ向かう道を駆け上がって行った。

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