9 隊長執務室で
「なんだあれは」
アランが突然の鐘に驚いてそう言うと、
「あれは、王宮の鐘だ」
ルギが表情を変えずにそう言う。
「王宮の鐘?」
「そうだ」
「なんだそれ、俺も聞いたことないぞ」
ダルが困った顔でそう言う。
「かも知れんな。宮で勤める者には色んな鐘の種類を教えられるが、月虹隊にはそれはなかったように思う」
「うん、鐘の種類なんてわざわざ聞かなくても、大体知ってるもんだと思ってた」
「だろうな。だが、これはそうそう鳴らされる鐘ではない。王家の方に何かあった時に鳴らされることが多い鐘だ」
「王家の人間に何かが? ってことは、たとえば王様が死んだとか、そういうことですか?」
ルギが少し目を
「まあ、そういう時が多い」
「ってことは、王様に何かあったんですか?」
「それは分からん。だが、どなたかがご不調との話も伺ってはおらんし、そもそも訃報以外にも、何かあった時に鳴らす鐘だ」
「何かってなんです?」
「そこまでは分からん」
そう言ってルギが椅子から立ち上がる。
テーブルにダルとアランと一緒に座り、色々と話をしていたところだった。色々と、主に神官長とセルマのことを、だが。
「少し様子を見てくる、ここで待っててくれ」
ルギがそう言って部屋から出ていったが、すぐに戻ってきた。
「そこでキリエ様にお会いした。部屋で大人しくしているように、とのことだ」
「キリエさんが?」
「ああ、俺たちが動かないように、わざわざ来てくださったようだ」
「キリエさんは部屋から出て大丈夫なんですか?」
「侍女頭だからな。どうしても必要なことのある者は、多少の動きは仕方がないということになっている」
「街の人も、それからダルさんの村もみんな動いちゃいけないんですよね?」
「そういうことになっているな」
「ってことは、ディレンさんも船から動けないってことか」
「本当ならな」
ルギが含みをもたせるように言う。
「うーん、あの人も親バカだからなあ。バカ息子かわいさに宮に飛んできそうだ」
アランの言葉にダルが思わず吹き出した。
「まあ、聞いた話だとありそうだな」
「ああ、この国の人間じゃねえし、なんとかかんとか言い逃れて来そうだ」
「俺は立場上動けん」
いきなりルギがそう言った。
「おまえにも立場があるんじゃないのか?」
「え?」
ダルがルギの言葉にぽかんと言う。
「月虹隊の隊長だろう」
「あ!」
言われてダルが急いで立ち上がる。
「やらんといかんこともあるだろう。だから部屋まで帰れ、衛士たちにもそう言う」
そう言って立ち上がるとダルとアランを先導して、奥宮の入り口に立つ衛士たちのところまで行く。
「月虹隊隊長のダル殿だ。役目により宮を移動する」
「はっ!」
「はっ!」
二名の衛士が会釈をして、アランとダルを通してくれた。
「話の続きはまた後ほど。俺がそちらの部屋まで伺う」
ルギはそれだけ言うとくるりと振り向き、とっとと自室の方向へと戻っていった。
そうしてアランとダルはエリス様の部屋に戻り、トーヤから二人が行方不明だと聞いた。
「とにかく、今は迂闊に動けねえ。待つしかない」
そう結論を出し、3人で黙って座っていると、少ししてリルを連れたミーヤが戻り、それからまたしばらく時間が経ってからディレンがやってきた。
「やっぱり出たな親バカ」
「ほんとだね」
アランとダルがそう言ってこっそりと笑い合う。
「街はどうだった?」
「街もみんな動けないそうだ。アロさんがそう言ってた。リルさん」
「はい」
「お父さんが心配されてました。それで俺が様子を見に来たんです」
「ああ、分かりました。ありがとうございます」
リルがにっこり笑って礼を言う。
「なんにしろ、これで訳知りのやつはみんな集まったわけだな」
「ああ、奥様と侍女をのぞいてな」
王宮で何があったのか?
なぜ二人が姿を消したのか?
連れていかれたのか、それとも逃げたのか?
連れて行ったのは神官長とセルマなのか?
王宮の誰かが連れて行ったのか?
「考えても分かんねえことばっかりだ」
「神官たちも、なんも知らねえ感じだったんだろ?」
「ああ、本気で慌ててたな」
「ってことは、神官長とセルマってのも、他の誰かに一緒に連れてかれた可能性もあるんじゃねえの?」
「ないことはないが、まあ多分違うだろうな」
「俺もそうは思うが」
「可能性ならゼロじゃねえ。けど、神殿はいわば神官長の縄張りだからな」
トーヤとアランがいつものように話をすることで考えをまとめていく。
いつもなら、ここにベルが時々言葉をはさみ、もっと時々シャンタルが何かを言う。
その二人が今はいない。
「何かに感づかれて、そんで連れてかれたってことは?」
「それもないだろう。その場合は俺とおまえもすぐ捕まってたと思う」
「それもそうか」
「なあ」
「え、え、なに?」
黙って聞いていたダルにトーヤが聞く。
「奥宮は静かだったんだよな?」
「うん、キリエさんが動かないようにってルギに言いに来たって」
「とは言うものの、キリエさんも読めねえからなあ。奥宮にって可能性もやっぱないことねえか」
結局は何一つこれというものが見つからないまま、時間だけが過ぎていく。
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