3 未明の神殿
ほどなくベルは神殿へと通じる渡り廊下へと着いた。
前の宮を通って客殿に入り、以前滞在していた客室の前の広間の北へ続く渡り廊下、そこを渡ると神殿である。前の宮からは少しばかり距離がある。
(ほんっとに広くていやんなるな。遠いんだよ、お隣に行くのに。そりゃ神様は輿に乗るわ、こりゃ)
また心の中でぶつくさ言いながら渡り廊下へと入る。ここを渡り切ったところが神殿の入り口だ。
渡り廊下もかなり長い。宮の北側にあるのでより一層ひんやりとしたそこを、心の中で色々とトーヤに悪態をつきながら自分を励まして進む。
秋の終わりの早朝、
戦場で暮らしていたあの日々、トーヤとシャンタルと出会うその前に、もう暗闇なんぞ怖いとも思わなくなってしまっていた。あの頃のことを思い出すと、もう怖いものなんかほとんどない、そう思っている。
ただ怖いのは、親しい者との別れだけだ。
それだけは何があっても避けたい。
だからこそ、二人に付いてこちらに来ると決めたのだ。
一体何がどうなるか分からないというのに。
まだ明けもせぬ暗闇の中、長い廊下を渡り切る。神殿の入り口に、先日来た時とはまた違う、見たことがない顔の2人の神官が立っていた。
「あの……」
気弱そうな感じで声をかけると、暗闇からの声に驚いたのか、2人ともビクリと肩を動かすのが見えた。
「あの」
ベルがもう一度声をかけると、それが生きている人間であると分かったらしく、少し上がっていた肩がゆっくりと元の高さに戻っていった。
「こんな早朝にどのようなご用でしょうか」
向かって左側にいた、中肉中背、特にこれといった特徴のない神官がこれもまた特にこれといった感情を交えずに、それでも親切そうな様子でそう聞いてきた。
「あの、神官長様は……」
ベルは、あくまで不安そうに、やや気弱そうに受け止められるように、語尾を消しながらそう尋ねる。
「神官長にどのようなご用でしょうか?」
今度は向かって右側にいた、こちらはやや大柄な、少し割れた声の神官が少し不審そうな響きを交えてそう聞いてきた。
「あの、中の国から参りました侍女が、お話したいことがある、そうお伝え願えませんでしょうか」
2人の神官がどうしたものかという風に、顔を見合わせる。
中の国からこられた客人が神殿にお参りに来られた話は聞いている。その侍女が、何か含みのある様子で神官長に会いたいと言ってくる、これはどう判断したものか。
2人はベルに軽く頭を下げると背中を向けて、何かヒソヒソと話し合っていた。ベルはその様子を、なるべく不憫そうに見えるようにと思いながら、少し背中を丸めて俯きながらも斜めに顔を上げ、伏し目がちにパチパチとまばたきをしながら見守っていた。
しばらくすると左にいた神官が、
「少し伺ってまいります。そこでお待ち下さい」
そう言って奥に入っていった。ベルは軽く頭を下げると入り口の右側、残った神官がいる方の壁際に寄って、静かに立って待つことにした。
暗さはどうということはないが、じっと立っていると早朝の冷え込みが足から少しずつ這い
(ううー、さっみいなあ……早くしてくんねえかな、つーか、上品ぶってねえでもっととっとと早く歩けよな)
心の中で遠ざかる神官の後ろ姿にそう毒づきながら立って待つ。
残った神官が、そんなベルの様子をどう思ったのか、気の毒そうな表情になっていた。
しばらくするとさっきの神官が戻ってきて、
「ご用の向きを承るようにとのことです。お話をお聞きします」
そう言って、入り口の横にある小部屋、おそらくベルのように相談事などがある者を通すのだろう部屋へと通された。
(なんだ、こんな部屋があるんじゃん。だったらとっとと通してくれりゃいいのによ)
心の中でそう思いながら、それでも顔だけはホッとしたような、ありがたく思っているような顔で部屋へ通された。
小部屋の中には火桶もあり、ほんのりと空気が暖かい。椅子を勧められ、頭を下げながらそこに座る。
「どのようなお話でしょうか」
「あ、はい」
ベルはゆっくりと話を始める。
「先日、奥様と護衛の2名と共に神殿にお参りをさせていただきました。その節は大変ありがたいお話をいただき、心がかなり楽になりました、ありがとうございました」
そう言って一緒に入ってきた左にいた神官に頭を下げる。
「いえ、それこそが神殿のお役目ですので。それで?」
「はい。あの、今朝、このような時刻に参りましたのは、奥様に黙ってこちらにご相談に上がったからでございます」
「ほう」
神官が少し目を丸くする。
「それは、あの折、私自身が神官長様のありがたいお話にいたく感銘を受けたからでございます。そして久しぶりに神殿で神に祈ることで大変心が救われた心持ちがいたしました。感謝しております」
そう言って深く頭を下げる。
「それで、また神殿にお参りに伺いたい、神官長様に色々と悩みを聞いていただきたい。そう考えておりましたが、あの……お恥ずかしい話ですが、私には寄進できるような持ち合わせがございません」
ベルはそう言うと、恥ずかしそうに目を伏せ、俯いて見せた。
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