7 心の声

「分かった、会うよ」

「そうこなくちゃな」


 ベルが得意そうに鼻をふくらませる。


「けどな」

「なんだよ、まだなんかごちゃごちゃ言うことあったっけ?」


 ベルが眉間にシワを寄せる。


「どうやって会やいい?」

「はあ?」


 ベルが寄せたシワを思っきり伸ばして目をまん丸くする。


「いやな、今、これだろ?」


 右目からあごにかけてスーッと線を引くみたいにしてみせる。


「ああ、包帯男」

「緋色の戦士だよ!」


 そこは断固として主張する。


「るせえ、包帯男!」

「なんだと!」

「どっちゃでもいいだろう、そんなの!」

「いいわけあるか! かっこよさが全然ちげーだろーがよ!」

「中身のかっこ悪さはいっしょだよ!」

「なんだと、このガキ!」

「だってそうだろ、そうやってびびってなんだかんだ、かっこ悪いったら!」

「なにー!」

「はい、そこまで」


 いつものように間にアランが入ってピシャリと〆る。


「そうやって冗談事じょうだんごとに逃げるのもトーヤの悪いクセだぜ」


 アランも妹にかぶせるように今日は厳しく言う。


「逃げるって、誰が」

「まあな、気持ちは分かる」


 アランがトーヤをとどめて言う。


「ミーヤさんって人は微妙な立場だ。だからどうしようか考えるんだよな」

「ああ、そうだ」

「八年前は確かに色々と協力してくれたが、今の宮ではどういう位置にいるかも分からねえもんな」

「ああ、そうだ」

「会ってみたら、状況が変わっちまって、もしかしたら迷惑をかけるかも知れねえ、そうも思ってるだろ?」

「ああ、そうだ」

「けどな、トーヤも分かってると思うけどな、それを判断するためにも、一度そっと会ってみた方がいいと俺も思う」

「…………」


 アランが冷静に、それでいてトーヤの気持ちに逃げ道もつけるようにしながら、そう諭した。


「まあ、とにかく明日、ってかもうすぐ夜明けだから、今日のうちに一度思い切って会ってこい」


 ディレンも言う。


「そうだよ。そんじゃ、もう眠いから寝る。みんな出てって」


 ここはベルの部屋だった。

 

 追い出された男3人は、向かい側にある護衛用に用意された従者用の部屋へ戻る。

 ここは個室ではなく4人部屋である。そこに3人、それぞれのベッドに黙ったままゴロッと横になり、そのまま何も言わずに寝てしまった。


 朝までそんなに時間がない。こういう時、長年船乗りをやってきたディレンは強い。どんな時間でも短時間にグッと寝入り、起きる時はさっと起きる。そういう習慣が身についているからだ。

 その点では戦場暮らしのトーヤやアランもそこそこ強い。船乗りほどではなくとも、危険を察知するとさっと目を覚まして起きられる。どこでも寝られる。短時間でも体力を回復する必要がある時は、座ってでも寝る。


 なのでベッドに入ってすぐ、ディレンとアランはぐうぐうと寝入ってしまった。


 常ならばトーヤもそうである。

 同室のシャンタルが笑って呆れるほど、あっという間に寝てしまう。

 それがどうしても寝られない。


 ほう、っとため息を一つつき、寝返りをうつ。


 どうやって会えばいいのだろう。ごく普通に「よう」と軽く挨拶するのか、それともあらたまってきちんと報告した方がいいのか。


 そういや、キリエの部屋に行った時の自分はどうだったろうか、と思い出す。

 

(なんも考えてなかったな)


 おそらくキリエが部屋にいるんじゃないか、そう思って何も考えずに部屋に入った。もしもいない時は椅子にでも座って待っていればいいか、そんな感じだった。

 そして、実際に八年の月日などないように、昔、そう言われていたように相変わらずだ、そう思われながら普通に話ができた。


 ミーヤともそうすればいいのだ。

 頭ではそう思うのだが、心のどこかに小さなトゲが引っかかっていた。


――現に、娘と同じように月虹兵と一緒になって『外の侍女』をやってらっしゃる方は、娘の同期ですが、応募で入られた侍女の方です――


 ミーヤはリルと同期だった。そしてリルとは違って応募で入った侍女だった。応募の侍女の同期は5名とか言ってなかったか? そしてミーヤもリルと共に月虹兵の係になった。


『娘と同じように月虹兵と一緒になって』


 その一言が胸のどこかに引っかかっていて、知りたくない、そう思っていると気がついた。


(そうなのか?)


 あり得ない話ではない。

 八年の間にそういうことがあり、誰かの妻になっていても不思議ではない。

 不思議なことに、その可能性をこの八年、全く考えたことがなかったのだ。


 あの時、廊下ですれ違ってちらっと姿を見た時は、純粋に元気そうでよかったとうれしく思った。すぐに帰ってきたことを伝えられないとは思っていたが、時期がきたらキリエの部屋に行った時のように顔を出し、帰ってきたことを喜んでもらえると思っていた。


(だが、もしも、そうだとしたら……)


 自分が顔を見せたらミーヤは迷惑な顔をするかも知れない。

 いや、ミーヤのことだ、そんな顔はしないだろう。素直に帰ってきたことを、シャンタルを連れて戻ったことを喜んでくれるだろう。


 ただ、それは他人としてだ。

 いや、家族だったわけではないが、確かに絆があると自分は勝手に思っていた。


 その絆が他の誰かとつながってしまったかも知れない。

 そう思うだけでどうしていいか分からなくなってしまったのだ。

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