8 歩行訓練

 翌朝、部屋の世話係のアーダがいつものように客室にやってきた。

 昨夜は来客があったので、もしかするとまだゆっくりと寝ていらっしゃるかも知れない、そう思って入ってきたのだが、部屋のあるじのエリス様と侍女のベル、護衛のアランとルークに来客のディレン、全員が応接に揃っていた。


「おはようございます」


 そう挨拶をすると、ベル、アラン、ディレンの3人から挨拶が返ってくる。エリス様は軽く会釈をし、ルークも軽く頭を下げる。


 朝食の準備をし、一行に今日の予定を聞く。


「今日はルークが少し歩く練習をしようかという話なんですが、構いませんか?」


 アランがアーダに尋ねる。


「ええ、構わないと思いますが、どこまで行かれるご予定でしょう? 誰か付いた方がよいでしょうか?」

「いや、今日はこのベルが付いてくれるということなので。お聞きしたいのは、どのあたりまでなら歩いてよいかということなんです」

「ああ」


 今、一行の部屋は客殿にある。シャンタル宮のどのあたりまでなら行ってもいいものか、その確認をしているのだろうとアーダは思った。


「ここは客殿にあたります。ここを出られて前の宮の上の階には謁見の間がございますでしょう、先日託宣のための謁見に行かれた」

「ああ、はい、分かります」

「その謁見の間に向かって右手、奥宮に向かう方に行かれなければ、大体の場所は大丈夫かと思います」

「ああ、そうですか。まあ言ってもまだ練習なので、そこまでも行けるかどうかは分かりませんが」

「そうですか。あまりご無理なさらないでくださいね。衛士や神官、侍女たちにはその旨を伝えておきます」


 アーダが心配そうな顔をルークに向け、ルークが大丈夫だという風に軽く右手を上げてみせた。


「助かります。今日はそのぐらいですかね。他の者は特にこれと言って予定は……ディレンさんはどうします?」

「ああ、俺は一度船に戻るけど、夜またお邪魔するよ。買い物とかあるなら言っといてくれ」

「分かりました、必要なものはメモしときます」


 そんな会話を聞きながら、アーダは何も用はなさそうだなと、そのまま部屋を辞した。


「さあ、飯食ってしばらくしたら行くか」


 侍女の扮装のベルがやる気満々でそう言う。


「ああ……」


 ルークの扮装のトーヤが気乗りしないようにそう言う。


 そうして2人で客殿を出て前の宮へと足を伸ばすことにした。


 すでにアーダから話が伝わっているようで、少し不自由そうに歩く緋色の戦士と、今はストールを取って首から下だけが中の国の衣装のベルを、軽く会釈して見送ってくれる。


 客室から出て廊下のような空間を抜け、広間へ出る。


 ここは2階、二つ上の4階には以前トーヤがいた最上級の客室があり、そこの広間は吹き抜けになっているが、ここは同じ高さ、といってもかなり高いが、の天井があり、そこの装飾は中央に太陽、その周囲を星々が煌めく彫刻を、色とりどりのおそらく宝石だろう石で象嵌をを施されている。


 ルークは杖をつき、ゆっくりと歩いている。先日のお茶会の時には奥宮まで結構遠かったため、その時にディレンに適当な杖を買ってきてもらっていたのだ。


 客殿の2階からずっと進んで前の宮に行くと、そこには最上級の部屋から移ってトーヤが使っていた部屋と、その隣にダルの部屋があった。


「とりあえずその部屋がどうなってるのかちょっと見てみたい」


 ということで、ゆっくりと歩いてそのあたりを見て回ることにした。


「この間、侍女の人たちとすれ違った廊下だよな」


 小さな声でベルが聞く。


「ああ、そうだ。ちょうどあのすれ違ったあたりに俺とダルの部屋があった」

「分かった」


 まずその廊下より前に、衛士の控室などが並んだやや広めの廊下がある。

 3階と4階は豪華で廊下と呼べないぐらい広い廊下だが、2階は両側に部屋があり、上階のように窓があるわけではないので少し暗めに思える。2階の客室の客は広間から階段で上階へ上がるので、ここを使うことはあまりないのであろう。


 衛士の控室と言っても、主に当番の者が寝泊まりする時に使うため、交代の時以外はそれほど人の出入りはない。今はちょうど朝の交代の後で、部屋に入った者は寝てしまっているのだろう、廊下には誰も出ていないし、音もほとんどしない。


「こんだけ誰もいなかったら不自由そうな振りしなくてもよさそうにも思えるけど、やっぱしないとだめなんだろ?」

「当たり前だ」


 どこで誰が見ているのか分からない。気をつけるにこしたことはない。

 そうしてえっちらおっちらと歩き、ようやくトーヤの部屋だった場所までたどり着いた。


 いくつかある最上級ではなくても遠方から来訪する客のための部屋、その中ほどにその部屋はあった。


「ここだ」


 周囲を見渡し、扉の取っ手に手をかけてみる。思った通り鍵がかかっている。


「誰かいるってことないか?」

「うーん、どうだろうな……」

 

 言いながらトーヤがこそこそと「作業」をし、


「よし、開いたぞ」


 扉を押すと静かに開いた。


 八年ぶりの部屋の中はどうなっているのか……

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