9 懐かしい部屋

 周囲に誰もいないかもう一度見回し、さっと2人で中に入り、静かに扉を閉める。

 廊下と違い窓があるが、カーテンを閉めてあるのでそこまで明るいわけではなかった。


「この方が外から見えないからちょうどいいな」

「だな」


 2人で部屋を見て回る。

 

 あの時と、八年前と変わらないようにトーヤには見えた。

 まるで時が止まったように、何もかもが変わらない。


「懐かしい?」


 ベルが聞くとトーヤが、


「いや」


 横に首を振る。


「懐かしさを感じないぐらいあの時と一緒だ」


 本当にあの日のまま変わらない。胸が痛くなるぐらい。


「ほんとにきれいだな。ここの部屋、今も誰かが使ってんじゃないの?」


 ベルの言葉にトーヤの胸がさらにキュッとなった。


「少なくとも八年もほっとかれたようには見えねえよなあ」

「そうだな」


 トーヤも認めて部屋を見て回る。

 

 テーブル、ソファ、ベッド、キャビネットに椅子やカーテン、他の細々した物を見ながら、ふと気がついた。


「やっぱり俺の部屋だ」

「へ、そりゃそうだったんだろうけど」

「今も俺の部屋だ」

「なんでそんなこと分かんだよ?」


 トーヤは確信した。


 部屋には住んでいる人の「クセ」がつくものだ。もしも今は他の人間の部屋だとしたら、こんなに色々なものがしっくりくるはずがない。


 例えば、テーブルと椅子の距離。知らず知らずのうちに使っている人間の使いやすい位置に収まるものだ。

 寝台の枕の位置、カーテンの寄せ方。小物の置き場所。どこに手を置いてみても、自然にトーヤが心地よい位置に置ける。


「おそらく、ミーヤか、その後任の侍女が、気を遣ってできるだけ同じようにしておいてくれたんだと思う」

「へえ。侍女ってのはすごいもんだな」

「ああ」

 

 侍女とはそういうものだ、トーヤもそう思った。


「で、この部屋入ったのはいいが、どうやってミーヤさんと話すんだ?」

「ああ」


 トーヤが自分を戻して答える。


「廊下で立ち話ってわけにもいかんだろ。だから、この部屋の前でつかまえて、そんでここで話そうと思う」

「そうか。で?」

「で?」

「どうやってこの部屋に呼ぶんだよ。いつ通りがかるかも分かんねえのにさ」

「そうだな、偶然を待つしかないな」

「はあ?」


 ベルが呆れた声を上げる。


「いっぱいいるんだろ、侍女って?」

「そうだ」

「そんでめちゃくちゃ広いよな、この宮」

「そうだ」

「どうしろってんだよ」

 

 がうううううう、とうなりを上げそうな不満そうな顔で言う。


「この先を奥宮に向かうとそこに侍女の控室がある。どの侍女も係の控室の他にそこにも色々な用事で行くんだよ」

「へえ」

「だから、この廊下で見張ってたら通りがかる可能性は高いと思う」

「そうか。でも1人とはかぎんねえぞ? この間の侍女たちみたいに集団で通ったらどうする」

「まあ、なんとか1人の時をつかまえるしかねえだろうな」

「侍女頭みたいに部屋、分かんねえのかよ」

「そうだなあ」


 今、ミーヤがどの係でどの部屋でいるのかさっぱり分からない。


「あの頃はリルと2人で客室係としてこの近くに控室があったんだがな」

「今は月虹兵の係なんじゃねえの?」

「わからん」


『娘と同じように月虹兵と一緒になって『外の侍女』をやってらっしゃる方は、娘の同期ですが、応募で入られた侍女の方です』


 またアロの言葉が頭の中にこだまする。


「今日すぐに会えるとは思わねえ方がいいな。歩く練習とかいって何回か来るしかねえだろ」

「そりゃまそうなんだけどさ」


 ベルが不服そうに言う。


「おまえ、その間に侍女たちとちょっと話とかして情報集めてくれよ」

「そんぐらいするけどさ、なんもないのにミーヤさんのこと聞くわけにはいかねえぜ?」

「でも月虹兵のことなら聞けるだろ、アロさんに聞いたとかなんとか」

「まあ、そうか」


 そうして、ミーヤを見つけたら1人にしてこの部屋の前に連れてくることまでは決めた。


「じゃあ一度帰るか」

「ああ、練習しながらな」


 そうしてまた元通り鍵を閉めると、杖をつきながらゆっくりと歩いて客室へと戻った。その間、侍女にも衛士にも一切会わなかった。 


 客殿の部屋へ戻ると、トーヤは練習を終えて部屋で休むとアーダに伝え、ベルは予定通りアーダと世間話を始めた。


「では前の宮の客室のあたりまで足を伸ばされたのですね」

「客室なのでしょうか、広間を抜けた向こうにお部屋がいくつも並んでいました」

「広間からすぐは衛士の控室なのです」


 アーダが教えてくれる。


「衛士の方の姿も見えませんでしたが」

「それは、交代を終えて部屋に戻って休まれてる方と、持ち場に向かった方が交代を終えてしまったからかも知れません」

「まあ、よかったです。お忙しい時にお邪魔しては申し訳がないところでした」

「いえ、それはまあ、どなたもお邪魔になどいたしませんが」


 アーダはベルにお茶をすすめながらにこやかに話す。

 今までは客間の方とそう話をすることもなかったが、今はストールを脱いで素顔になったベルと話ができてうれしそうだった。


「侍女の方も交代などあるのですか?」

「ええ、ございます」


 ベルが知りたいのはそっちの方であった。

 アーダから色々と情報を引き出したい。

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