6 水面と水底

「俺は誰がどうかは分からんが」


 ディレンも横から言う。


「とにかく、この部屋でじっとしててもだめだってことだろ? だったらここは、嬢ちゃんが言うようにその3人に話を聞くことも考えてみていいんじゃねえのか?」

「分かってるんだよ!」


 トーヤがディレンにちょっときつく返す。アランとベルとは違って年上のディレンにはどうも少し甘えが出るようだ。


「分かってはいるんだよ」

「じゃあ、なんで行かないのさ」

「それは、まだ様子を見てたから」

「もう見ただろ? そんで思ってもないとこからお茶会の誘いもきたし、もういいんじゃねえの?」

「それはそうだが」


 トーヤがそう口ごもる。


「なんで嫌なのさ? 一番力になってくれそうな人たちじゃないか」

「それは」


 どうして嫌なのか?

 自分ではよく分かっていた。

 

 会うのが怖いのだ。

 八年の間にどう変わってしまったのか、会うのが怖いのだ。


「怖いの?」


 その気持ちを見通すようにベルに言われ、ギクリとする。


「なんで怖いのさ?」


 さっきは怖いのかと聞いたが、今回は断定してきている。


「おま、誰が怖いって」

「だって怖がってるじゃん」


 言い切る。


「何が怖いの?」


 もう一度聞く。


「何って……」


 本当に、何が怖いのだろう?


「だから、何が怖いんだよ?」


 ベルにまたそう言われて考える。


「シャンタルは兄貴とおれに黙って行こうとしたのは巻き込みたくないからだ、って言ってたけど、この場合は巻き込まれてるのはおれらだからな? その人たちはほっといたら空気がなくなって、そんで白くなくなっちまうんだぜ? だから巻き込みたくないから、ってのは違うからな?」


 その通りだ。


「そんで、今のトーヤを見られたくないってのも違うな。だってトーヤは変わってないし、自分でも変わったなんて思ってないからな」


 その通りだ。


「じゃあ、シャンタルを戦場に連れてったのを知られたくないのか? 違うだろう、それ、先に言ってたからな。むしろマユリアはその道なんじゃないかって言ってた。だから違う」


 その通りだ。


「じゃあ残る理由は一つしかない。それは、その人たちが変わってしまってないかを知るのが怖いんだよ」


 その通りだった……


「じゃあ誰が? リルは、もう話聞いたもんな、結婚して『外の侍女』になってるって知ってるし、会長のおっさんの話を聞いて、なんとなくだが変わってねえなって思ったはずだ」


 その通りだ。


「ダルは? トーヤのことだからな、この間1人でリュセルスうろうろした時に、月虹兵の情報も集めてるはずだ。なんとなく、ダルが今どうしてるか、ぐらい聞いただろうさ」


 その通りだ。


「残るのは? ミーヤさんだよな? ミーヤさんが変わってないか心配で会いたくないんだろ、そうだろ?」


 その通りだった。

 トーヤは一言も返事をせず、ベルの推理を聞いていた。

 

 そうなのだろう。

 自分で心にフタをして、なんやかやと言い訳をして知らぬ振りをしてきた。

 それをズバリと言い当てられた。


「いや……」

 

 やっとトーヤが少し言葉を出した。


「なんだよ?」

「ミーヤは」


 名前を口にするだけで心のどこかが痛む。


「侍女だからな。それもリルとは違って一生を宮に捧げるって決めて入った応募の侍女だ。いわばマユリアたちと同じ、池の中にいるやつだ」

「本当にそう思ってるか?」


 本当に今日のベルは容赦がない。

 アランは妹を見てそう思っていた。


「思ってねえだろ?」

「思ってるよ」

「じゃあさ、こうは思えねえか?」

「なんだよ」

「ミーヤさんはさ、同じ池の中にいても上の方にいるんだよ」

「上?」

「うん」


 ベルが思い切りこっくりと頷く。


「マユリアやラーラ様、そんで今のちびっこいシャンタル、そういう人らはさ、池の底にいるんだよ。もしかしたら本家だか元祖だかのシャンタルのすぐ近くにな。でもミーヤさんはさ、かなり上の方にいると思うぜ?」

「なるほどな」


 アランが妹の説明に感心する。


「確かにそうだ、俺もそう思う」

「だろ? 兄貴もそう思うだろ?」

「なるほどな、池の中ってもそういうのもありか」


 ディレンも同意する。


「それでいくと、ダルやリルは水の上にいて時々潜ってるとか、もしくは岸にいて時々入ってくんだよな」

「どうでもいいけどな」


 アランが妹に言う。


「さっきから気になってた」

「何がだよ?」

「なんでおまえ、ダルとリルは呼び捨てなのに、ミーヤさんだけ『さん』付けなんだよ?」

「え」


 言われるまで気がついてなかったようだ。


「ダル……リル……ミーヤ、さん……ほんとだ!」

「気がついてなかったのかよ!」

「うん」


 聞いてたディレンが思い切り笑った。


「なんでだろ?」

「本人が知らねえこと俺が知るわけねえだろ」


 久しぶりにアランがベルにデコピンをかます。


「いっで!」


 かなり痛かったようで涙目になる。

 ディレンがまた思い切り笑う。


「まあな、そういうこったな」


 笑いながらディレンが言う。


「おまえ、覚悟決めて嬢ちゃんと、そのミーヤって侍女の人と一度会ってこい。会ってくりゃ怖いのも消えるだろうさ」

「そうだそうだ!」

「俺もそう思うな」


 3人にそう言われ、トーヤはようやく首を縦に振った。

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