5 境界の人

「わ、わかってらあ!」


 ベルがアランの手を振り切ってクイッと顔を上げた。


「ただちょっとびびっただけじゃねえかよ、なめんなよな!」


 ふんっとアランに鼻で笑ってみせる。


「ならいい。いまさらあっち戻りたいとか、逃げたいなんて言い出したらどうしてやろうかと思ってたぜ」

「思うわけねえだろ!」


 ベルがあごを突き出し、いーっ! と思いっきり舌を出した。


「そうこなくちゃな、さすがベルだ」


 トーヤが笑いながらそう言ってベルのおでこをペシッと叩いた。


「まあな。けどなトーヤ、本当、どうするつもりなんだ?」

「さあてな、どうしようかねえ」

「たよんねえこと言ってんなよなあ」


 ベルが立ち上がって上からトーヤをギロリと見下ろした。


「しっかりしてくれよな、おれらの運命がかかってんだぜ? 分かってんのかよ」

「運命ねえ」


 そう言ってトーヤが苦々しく笑う。


「八年前、どんだけその言葉を聞かされてイラッとしたっけかなあ」

「前にそんだけイライラしたんならもう慣れただろ? ほら、とっととどうするか決めてくれよ」

「無茶苦茶言うよな」


 トーヤはそう言いながらも楽しそうに笑う。


「まあおまえも力貸してくれよ、俺も色々考えるから」

「そりゃまあ、構わねえけどよ」


 そう言いながらベルが頭を捻る。


「頼りにしてるぞ」

「おう!」


 トーヤがからかうように言うが、ベルはなお一層必死に首を捻って考える。

 

 その姿を見てトーヤ、アラン、ディレンが顔を見合わせてこっそりと笑った。

 この状況において、ベルのこの姿は3人の心を少しばかりほぐしてくれたからだ。


「あ!」


 ベルが右手で左の掌をぽん! と音を立ててそう言う。


「味方だよ味方!」

「味方?」

「そうだよ、トーヤも言ってたじゃねえか、味方を探せってさ」

「見極めろっつーたんだがな」


 そう言って笑うと、


「どっちでもいいだろうが。とにかく探しゃいいじゃねえの?」

「ほう、どうやって?」

「そうだなあ」


 ベルが腕組みをし、難しい顔をして続ける。


「とにかくな、葉っぱだの白だの言われておれも分かったことがあんだよ」

「ほうほう、なんだ?」

「マユリアやラーラ様、それから小さいシャンタルもその中にいるってこったよな?」


 ほう、とディレンが感心した声を出した。


「だから、その中にいる人は味方としても力を借りにくい。だろ?」

「そうだな」

「なんでかってとな、中にいると葉っぱが増えても色が濁っても気がつきにくいからだ」

「うむ、そうだな」

「かといって、外にいる人に助けてくれってもそりゃ無理な話だ。だろ?」

「そうだな」

「だから、境目さかいめの人を探すんだよ」

「境目?」

「そう」


 ベルが立ち上がり、腰に手を当てて3人を見下ろして続ける。


「宮と関係あるけど完全に中にはいない人だ。心当たりあるだろ?」

「ああ、ないことないな」

「だろ?」

「じゃあ一応聞くが、それは誰だ?」

「よし、教えてやろう」


 さらに得意そうに続ける。


「ダルとか、リルとか、ミーヤさんだよ」

「ほう」

「月虹兵ってのは半分宮で半分街なんだろ? まさに境目じゃん」

「なるほどな」

「んで、リルは外の侍女か? 女月虹兵だったらやっぱり境目だ」

「そうかもな」

「そんでミーヤさんだけどな、きっと味方だ」


 きっぱりと言い切る。


「その根拠は?」


 トーヤは何も言わずアランが聞く。


「おれの勘」


 一番得意そうにそう言って、ふふんと鼻を鳴らす。


「あだ!」


 その途端、アランにはたかれた。


「当てになるかよ、そんなもん」

「ええ~」


 こんな状況にも関わらず、ディレンが声を上げて笑った。


「嬢ちゃんは本当に不思議な子だよなあ」


 ディレンは船の中でベルとシャンタルと3人で話していた時のことを思い出した。


「そうだよな、あの時もなんか特別な人間って気がしたんだよなあ」

「なんの話だ?」


 トーヤが聞く。


「いや、この嬢ちゃんと話してるとな、なんでか分からんが不思議な気持ちんなるんだよなあ」

「あんまりバカだからでしょ」


 無慈悲にアランがそう言う。


「かもな」


 トーヤも笑ってそう言い、ベルがむくれる。


「けど、あの方も、シャンタルもおっしゃってたぞ」

「あいつはベルのファンだからな」


 トーヤがそう言ってまた笑った。


「だがまあ、あの方とは違う意味で不思議な力を持ってるような気はするな」


 ディレンはベルの勘の鋭さを知るような機会はなかった。だが、やはりなんとなくそのような印象があるらしい。


「だからな、まずミーヤさんだよ」


 いきなりベルが言い、


「え、なんでだ!」


 トーヤがかなり真剣にびっくりした顔になった。


「なんでって、だからおれの勘だよ。あの人は味方だ」

「おまえなあ」


 アランが呆れたように言う。


「色々と昔の話を聞いたから、そんでそんな気がしてるだけだろうが」

「違う、あの人は味方だ」


 きっぱりと言い切る。


「おまえなあ、見たこともねえのに」


 実は見ている、とはベルには言えなかった。一度見ていない振りをした今は、それを通すしかない。


「見たことなくったってな、トーヤの話聞いてたら、なんとなくどんな人か分かるんだよ」

「まあ、そういうのもないことはないな」


 アランも助け舟を出す。妹の言っていた「あの人がミーヤさんだ」が本当かどうかは分からないが、ここはそうしておく方がいいと思った。

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