21 襲撃の時

「ケガをなさったそうですな、そのせいでそのように顔を隠しておられると」

「はい」


 今度はアランが返事をする。


「その時の状況をお話しいただけますか」

「はい。ですが、ルークはまだ声が思うように出ませんので、私が代わりにお答えいたします。ちょうどその場に居合わせて見ておりましたし」

「そうですか、ではお願いいたします」

「はい」

 

 ベルに代わって今度はアランがルギの質問に答えていく。


「あの時、賊が数名いきなりあの時借りていた家に飛び込んできました。窓を叩き割ったようで、ガラスが飛び散り、その音で急いでルークがエリス様の部屋へ飛び込みました。俺とルークは交代で1階の応接に詰めていたんですが、その時間はちょうどルークがそこにいたので。あ、後でその時のことを聞いたらこう言っていたということです」

「なるほど」

「俺も急いで階下へ急ぎましたが、その時には賊の一人がエリス様の部屋へ向かって何かを投げるような仕草をし、一呼吸遅れてもう一人が部屋へ飛び込むのが見えました」

「どうなっていました」

「最初の一人がどうもエリス様に向かって何か毒物、毒霧でしょうか、そういうのを投げつけたようです。それに気づいたルークが息を止めながらエリス様を突き飛ばしたようなのですが、一瞬だけ吸い込んだようです。そうして体勢を崩したとこを、下からこう」


 と、アランはアゴのあたりから右目の上あたりまでをスッと撫で上げた。


「切りつけられたようです。これは傷の具合から見たことで、直接現場を見たわけではありませんが」

「ほう」

「それでもルークは剣を片手にエリス様を庇っていましたが、何しろ毒霧を吸い込んだ上に、片目も開けてはいられない状態でしたので、なんとかギリギリ賊の刃を受け止めた、という感じでした。そのすぐ後ろに俺が飛び込んだもので、その二人の賊は急いで家から飛び出していきました」

「後は追わなかったのですか?」

「敵が何人か分からなかったからです。まだ室内に残っている可能性がありました。そんな状態のルーク一人でエリス様をお守りできるとは思えませんでしたからね」

「なるほど。その時、ベル殿はどうなさっておられた?」

「あ、はい。私はお風呂の用意のために水を汲みに井戸の方へ行っていました。物音を聞いて急いで駆けつけたら、もう全ては終わった後で、賊の姿も見ておりません」

「なるほど」


 話に不自然なところはないように思えた。


「エリス様に、その時の状況をお伺いしたいのですが」

「はい、どうぞとおっしゃっていらっしゃいます」

「では、その時にどうなさっていらっしゃったか、からを」

「はい。奥様はその時にはご自分の寝室にただ座っていらっしゃいました」

「ご本人がそのように?」

「はい」

「室内で、侍女と護衛だけがいる状態でもその姿のままでおられたのですか?」

「はい。奥様がお顔をお見せになられるのは私だけです。アランとルークは家族ではない男性ですから」

「なるほど」

「ですから、お休みになられる時以外は、ずっとこのお衣装です」

「なるほど、わかりました」

「あの」

「どうぞ」


 アランが横から声をかける。


「俺が勝手に思って、それでルークも同じように考えていたことなんですが、その衣装のせいで敵は毒霧を使ってきたのかも知れません」

「とは?」

「はい。この衣装では、確実に急所を狙って一撃で命を奪うということは難しいのではないか、と」

「ああ」


 ルギはあまり失礼にならないように、チラリと少しだけエリス様を見た。


「それで、毒霧を吸い込んで絶命してくれればよし、だめでも少しでも吸い込んで動きが止まったら、そこを仕留めればいいと考えていたのではないかと」

「なるほど」


 ルギはそう言うとゼトから書き付けを受け取り、もう一度パラパラと状況を見直してみる。


「いや、話に妙な点は見られませんな」

「そうですか」


 アランはホッとしてルギの言葉を聞く。


「いや本当に、これ以上に完全な状態はないと言えるほど完璧にまとまっています」


 と、ルギが皮肉っぽい口調を込めて言う。


「どういう意味です?」

 

 アランが眉を寄せてルギに聞く。


「言ったままです。完璧過ぎるほど完璧に襲撃の状態をお伝え願えた」


 ルギの言葉には明らかに何かの含みがあった。


「気持ちの良くない言い方ですね。何かおっしゃりたいことがあるのなら、遠慮なく言っていただけませんか」

「そうですか、では」


 ルギが書き付けをゼトに渡し、アランの方を向き直る。


「さっき言ったままです。このような状況の時、人は慌ててしまって一つや二つ、どうだったかと思うことがあるものです。何しろ命を狙われて、九死に一生をを得たような状態ですからな。それが、まるで話を決めていたように、隙がない」

「つまり、我々が話を作っている、そうおっしゃりたいんですか?」

「いや、そうは言っていません。まるでそのような、と言っているだけです」

「同じじゃないですか」

 

 アランがムッとした顔でそう言う。

 

 トーヤがルギを嫌っている理由、それが納得できる気がした。

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