20 エリス様の事情

 ダルがルギに話を持っていった二日後、エリス様の部屋で「聞き取り調査」という名の取り調べが行われることとなった。


 話を聞かれるのはエリス様と侍女、2人の護衛、それからアルロス号の船長の5人だ。ディレンが翌日はどうしても外せない船の用があり、来られないということで二日後になったのだ。


 エリス様の部屋の奥、寝室側に全身を絹のベールで覆われたエリス様、その隣に侍女のベルが座り、テーブルを挟んだ奥にルーク、そして手前にアランが座った。ディレンはベルとアランの間、テーブルの横に斜めに座っている。


「この度は少しばかりお時間をいただくことをお許しいただきたい」


 ルギはそう言って丁寧に頭を下げた。


「いえ、こちらこそ色々とご迷惑、ご心配をおかけしております。答えられることがあれば全部お答えいたします、とおっしゃっていらっしゃいます」


 ベルがエリス様の言葉を取り次ぐ。


「そうおっしゃっていただくと、こちらとしてもやりやすくなります。私はシャンタル宮警護隊隊長、ルギと申します。そしてこちらにおりますのが、副隊長のボーナム、第一警護隊隊長のゼト。警護隊よりの2名の者です」


 2名のルギの部下がゆっくりと頭を下げる。

 

 ボーナムは丸顔、中肉中背、ルギより年齢が上の中年男性で、一見するとそのあたりにいる人の良さそうなおじさんだが、目の光の鋭さを見逃さなければ、なかなかに手強そうな人物にも見える。


 ゼトはまだ若く二十代半ばといったところか。すらりと長身、がっしりとした体格で、いかにもルギの後任の第一警護隊隊長という風貌であった。


「あと1名、後から来るものがおりますが、まずは警護隊だけでお話を伺います」


 部下の紹介を終え、ルギがそう言ってもう一度頭を下げた。そうして比較的穏やかに「聞き取り調査」は始まった。


「では、具体的に心当たりのある方はいるが、その名は言えないということですか」

「はい」


 主にベルがエリス様の言葉を代わりに伝えていく。


「奥様は、旦那様が国を出られる時にお約束なさったことがいくつかございます。そのうち1つが『身分を明かさぬこと』でした。旦那様が国では高い身分の方でいらっしゃいますので、外に知られぬようにです」

「なるほど」

「ですから、どの国のどなた、と言ってしまえばその誓いを破ることになります。お国では、旦那様への誓いを破るのは、死に値する行為なのです」

「なるほど」


 ルギはベルの言葉に淡々と返事をし、そのやり取りをゼトが書き取っていく。


「ベルさんは中の国の方ですかな?」

「いえ、私は元々はアルディナの人間です。そこにおりますアラヌス、普段はアランと呼ばれておりますが私の兄と、共にアルディナで生まれ育ちました」

「ほう、それがどのようなことでエリス様の侍女に」

「え、ええ……」


 ベルがエリス様に何かを囁き、何回か頷くとまたルギを見る。


「エリス様は、実は元々は中の国のあるところでお父上と共に医師をなさっていらっしゃいました」

「医師?」

「はい。それでルークの治療もエリス様の指示で私と兄が行いました」

「なるほど」


 襲撃を受けてそこそこ大きなキズを負ったルークを、医師に見せなかったために作った話だ。


「中の国では高貴な女性を診察するために女性の医師も多いのです。家族以外の男性に体を触れさせるわけにはいきませんので」

「なるほど」

「それで、旦那さまの奥様のお一人の診察に行った時、旦那様に見初められ、何人目かの奥様になられました」

「そのような事情が」

「はい」


 ベルがルギにこっくりとうなずく。


「そうして旦那さまの元に上がることになったのですが、元が貴族でも名のある家でもなく、医師という職業の者であったことから、奥様方から下賤の者と見られ、身近に誰か頼れる者が必要ということで私に声がかかりました」

「なにゆえにベル殿に?」

「はい。私は、長らく兄と一緒に戦場暮らしをしておりました」


 このあたりはほぼベル自身の生い立ちを使うことにしておいた。その方が少しでも嘘が少なくなり、ばれる可能性も減るからだ。


「戦場暮らし?」

「はい」

「失礼だが、まだお若いようにお見受けする。今は何歳でいらっしゃる」

「今は15歳です」


 2つサバを読む。


「奥様付きになりましたのが二年前ですので、当時はまだ13歳でした。ある戦場で、たまたま医師として来られていた奥様とそのお父上と知り合いました。兄が、戦場でケガをしていたのを助けられたのです」


 このあたりも本当のことだ。


「ほう」

「それ以来、まだ幼くて兄と一緒に戦場にいる私に色々と目をかけてくださいまして、私もいつの間にかエリス様を姉のように慕うようになりました。その時にお輿入れの話があり、護衛も兼ねて侍女としてお供することになったのです」

「護衛?」

「はい。私は兵ではありませんでしたが、戦場でそれなりに生き残れるようにと、そこにおりますルークに剣やその他、身を守る術を習っておりましたので」


 そう言われ、ルギが「ルーク」に、「緋色の戦士」に目を向けた。


 黒髪の男が左目だけ出し、それも前髪でほぼ隠すようにして、顔が分からぬようにして少しうつむき加減に座っていた。

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