18 二人の隊長
「と、いうわけなんだよ」
ダルの言葉をルギは表情を変えず、黙って聞いていた。
「それで、こりゃもう月虹隊だけで持ってる問題じゃないように思えたんで、警護隊にも伝えておいた方がいいと思って」
ここは「シャンタル警護隊隊長」の執務室だ。ルギはトーヤがいた頃のシャンタル宮第一警護隊隊長から、その全部の頂点である警護隊本隊の隊長に昇進していた。
以前の第一警護隊の控室は前の宮にあったが、今は奥宮にある警護隊控室の並びの真ん中にある執務室がルギの部屋だ。ここから一瞬で全警備隊に指示を出すことができる。
衛士の本来の私室は王宮近くにあるが、シャンタル宮付きの衛士は前の宮の控室で寝泊まりすることも多い。非番の時には私室へ帰ることもあるが、すぐに動けるようにとそこにいる時間の方が長くなる。
隊長であるルギは、執務室と隣接する宮での私室が今はほぼ生活の場となっている。そのために前の宮で姿を見ることが少なくなっているのだ。
あれから八年、ルギは31歳になっていた。見た目は少し以前より貫禄が出たように見えるが、感情を表さない表情は相変わらずだ。
「匿名の手紙か」
ルギは手に取った封筒とその中身を色々と見比べている。執務室の執務机ではなく、同じ部屋に置いてあるテーブルの上に手紙を並べ、ダルと向かい合って座って見ている。
「一人の手ではなさそうだな」
「うん、そう見えるよね」
「一番最初がこれだな」
「そう」
『中の国からのお客様を襲った犯人を知っています』
たった一言そう書かれただけのあの手紙だ。
白い封筒にそう書かれた紙が1枚入っていた。
あの後、やはり何通かの手紙が月虹隊の東西2ヶ所ある本部に届けられていた。
「内容はいつも似たようなもん、犯人を知っている、早く犯人を見つけろ、どうして犯人を捕まえない、ってそういうの」
「ふむ」
ルギがじっくりと手紙を見る。
どれも同じ白い封筒に、区別がつくよう「西」「東」と置かれていた場所と、大体の時刻として「朝」「昼」「夜」などと書いた紙が付けられている。もちろん中の紙にも。
「それが、最近こういうのが混じりだしたんだ」
『犯人は宮の大事な方たちを狙っている』
『奥宮の尊い方に害をなそうとしている』
『犯人は宮の中に入る』
『尊い方に危険が迫っている』
どれもやはり同じような内容で、犯人の意識がエリス様から奥宮に向いたと思わせる内容であった。
「犯人を知ってる、とだけ言われても、それだけだといたずらの可能性もある。一応調べてはいるけど、何しろそれ以来何の動きもないしね。エリス様や従者の方たちにも話は伺ったが、心当たりがあるようなないような、だった」
「心当たりがあるのか?」
「もう聞いてると思うけど、お国でご主人の寵愛の深さに他の奥様方に疎まれていたので、その方たちの可能性はあるということだった。けど、こっちの人間に心当たりがあるかと言われれば、それは分からないって」
「なるほどな」
本国の人間がこちらに誰かを送り込んだり、こちらで誰かを雇っている場合はお手上げということだ。
「そもそも、相手が数名いるってことだったし」
「あちらは複数の妻を持つのも普通だということだったな」
「らしいね」
「そのあたりはこちらの国でもそういう方はいらっしゃるしな」
ルギの口調に少し皮肉な響きが混じる。
おそらく、八年越しのある親子の争いのことを言っているのだろう、とダルは思った。
「だからまあ、心当たりはあるけどない、ってことになる」
「そうか」
ルギはふうむ、と腕を組んで考える。
「何にしても、宮の中で不穏な動きがないか気をつけてほしい、ぐらいしか言えないんだけど、それって漠然としすぎてるからなあ……」
この八年の間にダルはすっかりルギと親しくなっていた。そのぶっきらぼう、怖いとも思える風貌とは違って、実際は部下たちに対しても思いやりがあり、的確に物事を判断するとても良い隊長だと知ってからだ。
あの時、シャンタルから切り離すために宮から身を遠ざけていたルギたちに、戻れと連絡をするために愛馬のアルを走らせた。その時からの、それがダルの中のルギの評価だ。
それまでも特に悪いやつとは思ってはいなかったが、やはり少しばかり怖い人間だとは思って苦手であった。それに、トーヤとやり合って殺されかけていたこともあったりした。
少しばかりルギの見方が変わった後、月虹隊が衛士と一緒に訓練をしたり、交流を深めるうちにトーヤほどまではいかないが、かなり親しくなっていった。ルギの性格から、友人として必要以上に距離を縮めるということはなかったが、互いにそれなりの尊敬の念を持って、互いの隊の隊長として認め合うようにもなっていた。
それになにより、同じ村の出身なのだ。ルギが「忌むべき者」として村を追い出されたという経緯はあったが、それでもやはり同郷のよしみとでもいうのだろうか、互いに歩み寄った関係を築けていると、少なくともダルは思っていた。
「動きがないのは宮に保護してもらったからかなとも思ってたけど、その宮にまで手を出そうとするとしたら、これはもう俺たちだけではどうしようもない。それでこうして相談に来たんだよ」
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