9 取次役の申し出
あえて敵の渦中に飛び込む、そうして事が動いたなとトーヤは思った。
そう思いながら目の前の2人、神官長とセルマをじっと観察する。
神官長に対しては、今までと特に評価は変わらない。いたって平凡を望むような、そんな大それたことを画策するような、宮と神殿の力関係をひっくり返してまで自分が頂点に立とうと考える人間には見えない。
セルマは初めて見たが、こちらは多分、自分に自信たっぷり、自分こそが選ばれた人間だ、そう考えているような人間に見えた。おそらく、自分で思っているように優秀な人間なのであろう。しばしばそいうタイプにはあることだ。特に不思議なことではない。
(けどやっぱりこっちも、本当ならそんなことやらかしそうな女には見えねえな)
トーヤのセルマに対する第一印象は、
「お堅い女」
であった。
キリエに対する第一印象と似ている。生真面目に、一本気に、信念のまま自分の役目を務める、そして融通が利かない、曲がったことは許せない、そういう人間に見えた。
(そんな女が、何をどう聞いてそんなことに乗っかろうと思ったんだかなあ)
おそらく、それに乗っけたのはこのヤギひげだ。どっちも乗せるようにも乗せられるようにもどう見ても見えない。
(それをそんだけ動かした、どえらいのが後ろにいるとしか思えんが、まあ人間ってのは見た目とは違うところもあるしな)
この二人が主犯説半分、黒幕説半分というところか、とトーヤは判断することにした。
本当はほぼ黒幕がいると思ってはいるが、人間は見た目だけではない、もしかして、ということもありえる。この二人が出会ってしまったがために、やりそうもないことに手を出してしまうこともあるからだ。
(念には念を入れ、そっちの方でもよく見ておかねえとな)
トーヤはあちらからはよく見えぬ右目だけで、そうやって二人を観察し続けた。
そうこうしているとミーヤがお茶と菓子を持ってきてみなの前に配る。
思った通り、奥宮で出たような最上級のお茶と菓子であった。
ミーヤは用を終えると頭を下げてもう一度退室していった。声をかけられ留められることでもない限り、一介の侍女が神官長や取次役の話す場に留まり続け、それを聞くことなど考えられないのだろう。
ミーヤが退室すると話が再開された。
「ご配慮をありがとうございます」
侍女が奥様の言葉を伝える。
「お心遣い、大変ありがたく思っております。そして、そのことでこの宮にご不自由がございませんのなら、お心に甘えさせていただこうと思います」
「そうですか、それはよかった!」
神官長が、間を取り持った甲斐があったとばかりにこやかにそう言った。
「ですが、そのことで本当にここの皆様の関係がこじれるようなこと、問題が起きるようなことはございませんでしょうか? そのことだけはもう一度しっかりとお聞きしたい、と」
「もちろんです」
今度はセルマが即答する。
「宮は一つです。シャンタルの元、侍女は心を一つにしてこの宮が、いえこの国、世界があるべき姿のまま流れるように、そうなるようにあるのでございますから」
本当のところを知らなければ信じてしまいそうな、そんな真摯な語り方であった。
奥様と侍女が何か少し話し合い、
「分かりました、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。その方がキリエ様もきっとお心軽くなられることかとも思います。本当に何から何までお世話になり、旦那様がいらっしゃいましたら、きっとその分もお伝えして皆様の恩義に報いたいと思います」
そう返事をする。
「いえ、そのようなお心遣いは不要です。すでに宮にも、神殿にもあのように多額な寄進をいただいております。この後は、そのようなお気遣いは無用に、いつでも神殿にお参りにお越しください。そしてこのセルマとも色々とお話しいただければと思います。何かとご不安なこともございますでしょう、いつでもご相談にのらせていただきます」
これが本来のセルマの姿なのだろう。そう思うしかないほど、それは表情と話し方こそ堅いとはいえ、思いやりに満ち、さすがに侍女として生きてきた者、ミーヤたちと変わりのない、そしてキリエとも似た毅然とした態度であった。
そうして和やかに会談は終了し、この時に、エリス様はいつでも神殿にお参りに行けること、その時にもう寄進は一切必要がないこと、などの約束が交わされた。
「なーんか、ごく普通の人だったよな、セルマって人」
ベルが、お茶を飲みながら残ったお菓子をつまんでそう言う。
「だったな」
アランも同じく菓子をつまみながらそう言う。
「俺もそう思った。ごく普通の侍女がそのまま経験積んだような、そんな感じにしか見えなかった」
シャンタルは何も言わず、同じように菓子をつまんでいる。
「なあ、あんたに偉そうに言った時となんか違ったか?」
トーヤが一緒に席についているミーヤに、いつものように左隣に座ったミーヤにそう聞く。
「わたくし」
「え?」
「私がこの間お話した時は、ご自分のことをそう言ってらっしゃいました」
ミーヤが気になっていたようにそう言った。
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