19 目的

 奥様御一行が無事にシャンタル宮に保護された翌日の午後、早速ディレンが船員たちと残った荷物を持ってきた。


「へえ、これがシャンタル宮か、俺、初めて来ました」

「そりゃそうだろ、誰でも来られるって場所じゃねえからな」

「なんつーか、冥土の土産にもってこいだな」

「馬鹿野郎、縁起でもねえこと言うんじゃねえ」


 ディレン1人なら客室までは行けるのだが、さすがに船員たちにも許可をもらうのには少し時間がかかった。昨日、最初に通された部屋に入って待たされ、しばらくして許可が出てから客室へと案内された。


 昨日は一度キリエとの面会のために「前の宮」まで移動したが、今回はそのまま2階の客室へと通された。それまでは色々と面白そうに話していた船員たちだが、階段を上がったところで見るだけでも分かった豪華さに言葉を失う。


「失礼いたします、お客様がお見えです」


 外の扉から鈴を鳴らし、今日は薄い青系の衣装の侍女が取次を待つ。

 間もなく中から鈴が鳴り、入ってもよいとの返事が来る。

 ベルが、鳴らし方を習って鳴らしてるのだ。


「失礼します」


 ディレンの先導で5人の船員がそれぞれに抱えた木箱を運び入れる。


「しつれい、します……」


 あの若い船員、ハリオが、恐る恐るのように挨拶をする。他の船員もそれに続いた。


「ありがとうございます、色々とお気遣いいただき感謝いたしております、とおっしゃっていらっしゃいます」


 侍女の言葉にみんな慌てたように、それでも言葉を出せないように緊張して頭を下げる。


「あの、ルギさんの具合は」


 ハリオが心配そうに聞く。


「ああ、こっちです。大丈夫ですよ、命に別状はありませんし。ですが、ちょっと今、話ができないような状態です」

「え、そんなに悪いんですか!」

「いえ、口をケガして縫っているのと、喉を痛めたのでしばらく話をしない方がいいと」

「そうなんですか」


 船員たちがアランに案内されて、トーヤが休んでいる部屋に入る。


「大丈夫ですか?」


 寝台から半分体を起こし、包帯でぐるぐる巻きにされたトーヤが頭を下げる。


「ちょっと腰も痛めてるので、ベッドで失礼します」


 アランが代弁する。


「なんでそんなことに」


 気の毒そうに聞かれ、


「奥様をかばって正面から賊に当たられてな、あんまりそういうことするやつじゃねえんだけど……」


 そうせずにはいられない状態に追い詰められた、ということなのだろう、と名簿の船員は思った。


 あまり負担をかけてもと、そこそこで船員たちは居間に戻る。テーブルにお茶が用意されていた。そうして、しばらくの時間、奥様やアランと話をし、ディレンだけを残して船員たちは戻っていった。


「言われてたように、売れる荷は売って、壊れた家具は引き取ってもらった。こっちに持ってきたのは言われてた箱だけだ」

「助かった」

「そんで、見事ここに潜り込んだわけだが、この先はどうするつもりなんだ?」

「ここに来た目的は話したっけかな?」

「いや、聞いてない」


 アランとベルには話したが、まだディレンには話していなかった。


「こっちに戻った目的がいくつかある」

「うん」

「1つはこいつを人に戻すことだ」

「人に?」

「ああ、言ってなかったが、色々手順とかあってな、神様入りで連れ出すしか仕方なかったんだ。こいつ、まだ半分神様のままなんだよ」

「…………」

 

 ディレンは言葉がない。


「もう一つは、マユリアが困ってたら助ける。もしも逃げたいと言うなら連れて逃げる」

「できるのか?」

「やるしかねえだろ」

「そうか」

「もしかしたら他にも何かやらされることがあんのかも知れねえけど、結局はやるしかない。それとな」


 トーヤが包帯から見える左目を難しそうに少し閉じて、下目遣いに続ける。


「今までこいつらにも言ったことがない目的がある」

「うん」

「これが一番大事な目的なんだがな……」

「なんだ!!」


 ディレンの横からベルが飛び出すようにして聞く。


 これまでに聞いたことがない目的、シャンタルを人に戻す、マユリアを助ける、それより大事な理由とは何なのか。


後金あときんだよ」

「は?」

「まだ前金もらっただけで残りもらってねえんだよなあ……それもらわねえことには、おまえらに返す金も工面できねえんだよ」

「アホか!」

 

 ベルが侍女の扮装をぶっ飛ばすような大きな音でテーブルを叩いて、それでも声だけは小さめで言った。


「どんな深刻な目的があるのかと思ったら、ほんとアホか!」

「え~おまえが一番金金言ってんじゃねえかよ」

「そら大事だけどな、この場面で言うことかよ!」

「いや、目的の話だしな」

「だからってな」


 そういつものように言い合っていたら、外の扉から鈴の音が鳴った。中からも鈴を鳴らし、来訪者を部屋の中へ入れる。本日の担当の薄い青の侍女が固い顔をして入ってきた。


「失礼いたします。大きな音がしましたが、何かございましたか?」


 ベルが思い切りテーブルを叩いた音だろう。


「いや、大丈夫です。ちょっとこいつがふらついて、それで手でテーブルを叩いてしまったもので」


 アランが機転を利かし、トーヤを指差してそう言うと、侍女は安心したように下がっていった。


「ほらあ、ベルちゃんがお下品だからあ」


 トーヤがそう言ってベルに思い切りにらまれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る