23 仮面の下の素顔

「ありがとうございます」


 ルギは中の国の客人に丁寧に頭を下げて礼を言い、失礼のないようにお帰りいただいた。


「分かりました、間違いありません。中の国からの御一行」


 ルギはそう言ってから立ち上がり、一行に向かって深々と頭を下げ、


「大変失礼をした。ですが、これも役目ゆえ、調べぬわけにはいかなかったのです。ご了解願いたい」


 そう言った。


 ルギの言うことももっともである。調べるならば必要なことは全部やらなくてはいけない。それがルギの仕事、警護隊隊長としての役目である。


「いえ、こちらこそ、少しばかり感情的な物言いをいたしました」


 アランもそう言って頭を下げて謝罪する。


「では次に、ディレン殿にももう少しお話を伺いたい」

「はい」


 そうしてルギはディレンがいつから彼らと知り合いか、どうして船に乗せたかなどを質問し、ディレンもごくごく普通に答え、こちらの方は簡単に終わった。


「ありがとうございます。ではルーク殿とお知り合いであった、と」

「ええ、そうです。それでえらく慌てた風に船に乗せろと詰め寄るもので、ただ事ではないと思いながらこちらも簡単にいいと言えるものでもない、それで事情を全部喋らせました」

「エリス様がどちらの国かはご存知か?」

「いえ、それだけは教えてもらえませんでした」

「分かりました、ありがとうございます」


 元の通りにルギの隣に座ったゼトが、ディレンの話を書き留めている。


「それでは、これでとりあえず終わりです。また何かお聞きしたいことなどありましたらお伺いするかも知れませんが、特に問題となることもないようですな」


 ルギの言葉を聞いて皆がホッとする。


「ホッとしました」


 正直にアランがそう言うのを聞き、ルギが少しばかり表情を緩ませる。どうやら笑ったようだ。


「では、これで」

 

 ルギ、ボーナム、ゼトが続いて立ち上がり、扉の方へ向かって歩き出したが、ルギがふと立ち止まり、振り返る。


「一つ忘れておりました」

「なんでしょうか」


 アランがそう尋ねるが答えず、つかつかとルークに近寄ると、


「顔をケガなさってそうして隠しておられるとのことだが、我々は傷があるからと妙な目で見たりもいたしません。好奇心や興味本位ではなく、役目として顔を見せていただきたい」


 「緋色の戦士」をじっと見てそう言う。


「失礼でしょう」


 アランが抗議するが、


「失礼は承知の上のこと。ですが、これも我々の役目なのです。お分かりいただけないだろうか」


 言っている間も仮面の男から目を離すことがない。


「傷を見られるのが嫌だというのは理解できる。ですが、エリス様はお国の事情、ご主人との誓いがあることから無理としても、ルーク殿には何かの誓いなどがあるから見せられぬというわけではない。こちらは傷があるのを承知の上で、顔を改めさせていただきたい、そう言っておるわけです。いかがかな」


 じっと座っている仮面の男を見下ろす。


「傷がある以外に何か理由があるのでは、と疑うことになりますが」


 副隊長のボーナムがルギの隣からそう声をかけてきた。


「失礼でしょう! 顔に傷があるのを見られたくない、そう言ってるだけですよ!」


 アランがそう抗議をすると、後ろからルークがアランの手を掴み、左右に首を振った。


 ルークが立ち上がり、ルギの前に立つ。

 あまり大きな男ではないらしく、大柄なルギと比べて頭一つぐらい背が低い。


 ルークはアランに向かって軽く頷くと、右目を隠している黒い布を外した。


 黒い髪が顔にかかり右目をまた隠す。

 それを軽く持ち上げ傷を見せた。


 つぶった目の上、まぶたのやや外側に、斜めに鼻の方に向けて縫った後がある。まだ多少の腫れがあり、本来の目の形はあまりよく分からない。


「失礼だが左目の方も」


 言われてルークが軽く髪をかきあげる。

 特にこれといって特徴のない黒い瞳が、こちらははっきりとルギを見つめている。


「申し訳ないが口元の方も」


 ボーナムがまた声をかける。


 ルークが両手を頭の後ろに回し、仮面を留めている革ベルトを外す。


 出てきたのは、口の右側、上唇から下唇にかけてやはり斜めに走る縫った痕だ。

 目の下から一直線にそこまで続いているらしい。下から斬り上げられたと言っていたように、傷の下の方が深いようにも見える。

 こちらもまだ盛り上がったような感じで、元々は悪くなかったであろう唇の形を、痛々しく歪めていた。

 なにやらアゴにもかすったような傷があるが、こちらはもうかさぶたになって治りかけているようだ。


「失礼した。もう戻していただいて結構です」


 ルギが丁寧にそう言って頭を下げ、ボーナムとゼトも続く。


「気が済みましたか?」


 後ろを向いて仮面を付け直すルークをかばうようにして、アランが怒りを浮かべた表情でそう言った。


「いえ、大変申し訳ない。ですが、ここでルーク殿を確認せずに終えて、後から問題が出てくるということのないようにしておきたかったのもので」

 

 そうして警護隊の聞き取り調査は終わり、ルギたちは帰っていった。


 完全に3人が部屋から遠ざかると、アランが扉に鍵をかけ、戻ってきてルークに声をかけた。


「もう外してもいいですよ」


 そう言われて仮面をはずし、振り向いたその顔は、トーヤではなかった。

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