第三章 第三節 ベルと神殿
1 ベルの悩み
セルマは頭の中で大急ぎで色んなことを組み立てていった。
標的はまずはフウ、次にラーラ様とネイ、タリアだ。直接この3人に話を持っていってもこちらが疑われるだけ、ではどうするか……
一つ思いついたことがあり、今日の取次役担当の侍女を鈴を鳴らして呼び、伝言を申し伝えさせた。
「少しぐらい無理やりにでも話を持っていくしかない。もうすぐ次代様のお迎えもある、それまでに形を整えておきたい」
誰に言うでもなく自分に言い聞かせるようにそう言って、執務机に両肘をつき、重ねた両手のひらに額を乗せるようにして目をつぶる。
「これがわたくしがやらねばならないこと。あの方にはそれができず、目をつぶるしかなかった。それはあの方が老いたからだ。未来のない者に、これからも生きていかねばならない者を思う気持ちを持てるはずがないのだ。残る時間はただ過ぎればよい、そう思っているから何もしないのだ。だがわたくしはあの方とは違う。わたくしはあの方を蔑む、持っていた尊敬の気持ちは投げ捨てて踏みつける。正義のためには犠牲はやむを得ない。何もかも、この国のこれから、この世界のこれからのためなのだから」
自分に言い聞かせるように、同じような内容を何度も何度も小さくつぶやいていた。
セルマが神官長との密談を終え、動き始めた三日後、神殿から次代様のお出迎え」がひっそりと出発し、その日のうちに親御様が宮へ迎え入れられた。
「いよいよだな」
「おれ、なんかドキドキする!」
「俺も」
初めての交代の時を迎えるベルとアランが、落ち着かないようにそう言った。
「あれだろ? 朝出て昼には戻ったってことは、次代様ってのの母親は王都にいたってことになるのか?」
「そうなるな」
「じゃあ、旦那はどうしてんだろ? 付いてきてんのかな?」
「どうだろうな。俺が当代の父親に会った時は、もう出産間近で客殿にいたけどな」
「いつ生まれるって?」
「まだ王都封鎖の日も発表されてねえし、
「そんじゃ」
「おいおい、そんなに2人で次々聞いてくれてもな、俺も専門家じゃねえんだから」
兄妹の質問攻めに、トーヤがとうとうそう言って遮った。
「とりあえず、なんでおまえらがそんなにそわそわしてんだよ」
そう言ってトーヤが笑う。
「それにな、前回はまあ普通じゃなかったしな。今回が普通通りだとしたら、どういう感じなのかミーヤやアーダに聞いた方がいいだろうよ」
トーヤの口から出た「ミーヤ」という名前にベルは少しドキッとした。
あの日、トーヤとミーヤに長くはない語らいの時間を持てた日から四日、あれ以降は特に二人だけで話すこともなく、エリス様御一行とその世話係としての関わりしか持ってはいない。
一つはミーヤばかりが一行と時間を持つようにはしないためだ。アーダが当時のリルのように仲間外れにされた、と感じるようなことはないようだったが、同じ世話役と接するのに同じぐらいの態度である方が自然であろう。
もう一つは、やはり何か思うところがあるのか、あえて二人で話すような場面は作らないようにしている、とベルには見えた。
どうしてだろうとベルは考えていた。あの時、あれほど幸せそうに話していた二人なのに。
『だって、そういうのは私たちがどうこうできるものじゃないからね。それにミーヤは宮の侍女だから、なかなか難しいかも知れないよ』
ふいにシャンタルの言葉が脳裏に甦ってきた。
(そうなのかな……)
わざと二人にならないようにしている。
それは幸せな時間を持つのがつらいからなのかも知れない。
そう簡単に結ばれる立場ではない。もしも八年前のように宮の客人と世話役であったなら、宮に申し出てミーヤが侍女をやめてというのは考えられないことではない。だが、今は、表立ってはトーヤは「ルーク」であり、エリス様の護衛の一人だ。
(それで、ってのはだめなのかな)
ベルは、トーヤがルークとして、その立場でミーヤと恋仲になって、というシナリオを頭の中で考えていく。
(ないことじゃないと思うんだけどな)
エリス様の護衛としてきていたルークが、世話役になったミーヤと恋に落ちる。ありえないことではない。
(うん、そうだよ! うん、そっちの方でいきゃいいじゃん!)
だが、そこで考えが行き詰まる。
ルークはエリス様を守るために顔にケガをしたことになっている。ということは、これから先、ずっとあの仮面をかぶり続けるか、もしくは外してもずっとケガがある化粧をしないといけないということだ。
(それも難しそうだよなあ)
ベルは軽くため息をついた。
それに、トーヤには他にも会いたい人がいる。カースの人たち、それからアロさんとも普通に会いたかろう。ってことはやっぱりトーヤに戻る必要がある。
一度ルークとして落ち着いてから、実はトーヤでしたと言う方がいいのか、それともトーヤとばらしてから話を進める方がいいのか。
「くう~悩む……」
ベルが小さくつぶやいたのをトーヤは聞き逃さなかった。
「なんだ、何が悩むんだ?」
どうせ大したことじゃなかろうという顔をしながら、その目の奥に心配そうな光が見えて、ベルは少し困ったなと思った。
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