6 襲撃の噂 

 引っ越すと決めたその午後、早速ディレンが船員の中でも特に信用を置ける数名を宿に呼び、家具類などを奥様の次の滞在場所へと運ぶようにと頼んだ。


「いいか、気をつけて運んでくれよ、それとどこへ運ぶかできるだけ分からんようにな」

「分かってますよ船長、任せてください」


 一月ひとつきあまりの船旅で親しくなった船員たちが胸を張ってそう言う。


「おう、任せたぞ。それとな、これは奥様からだ」


 多少まとまった額の心付けをみんなに渡す。


「いや、こんなことしてもらっちゃ」

「なあ、色々とお世話になって今度は俺たちがって思ってるのに」

「本当ですよ」


 そう言うのに、


「まあそう言うな、あちらのお心だ。気持ちよくいただいておけ」


 そうして無理矢理のように押し付けると、一層恐縮して頭を下げ、よろしく言ってくれるようにと礼を言う。


 船員たちは宿に預かってもらっていた家具類など、大きい荷物をどこかから借りてきた荷車に積み込むと、一度二度、道を変えつつ、途中で荷を分けたりなどして、一切どこに運んだか分からないようにして運んでくれた。そうして準備をしてもらった借家へは、その夜、闇に紛れるようにして一行は移動した。




 引っ越した後、すっかり奥様一行の行方は知れず、一時はそこそこの話題になっていたことも静まりつつあったが、そんな頃になり、また街に御一行の話題が流れてくることとなった。


「あの中の国から来られた奥様御一行が暴漢に襲われたらしい」


 そんな噂があっという間に広まった。


「船長、本当なんですか?」


 新居に荷物を運んでくれた信頼できる船員の一人、島から出港する時に最後の確認に赤い印をつけていったあの若い船員が、噂を聞きつけてディレンの宿に確認にきた。

 

「そんな噂になってんのか」

「ええ、みんな心配してますよ、どうなんです?」


 ディレンは苦い顔をして船員、ハリオに聞く。


「どういう話になってるのか、もうちょい詳しく教えてくれるか」

「ええ、俺は酒場で聞いたんですが」


 他の船員の話も大部分が同じようなことであった。


「奥様御一行の家に金目当ての賊が入り、護衛の1人が殺され、奥様を大ケガをされたらしい」


 その話をしてくれた飲み屋の若い娘は、あの船でこちらへ戻ってきたばかりだった。


「あんないい方にそんなことするなんて、あたし許せない!」


 そう言って、長い髪をまとめた髪留めを見せてくれた。それは花の模様を刻んだ香木でできた髪留めであった。


「これね、あたしなんかが買えるような安いもんじゃないのよ。きれいでしょ? 今は白くてあまり模様も分かんないけどね、ずっとつけてると髪や手の脂でどんどん色に深みが出てくるんだって。出会った印に長く大事にしてくださいねってこれ、くれたんだよ。あたしの宝物なんだ」


 そう言って涙ぐみ、


「ねえ、なんか知らない? ただの噂だって思いたいのよ。あんた、あの船の船員でしょ?」


 そう言われてハリオはびっくりして、そのまま夜遅くを承知の上でディレンの元へ飛んできたのだと言う。


「その娘が言うことには、そういうことだったんですよ。どうなんです?」

「うむ、まあ、一部は合ってるとだけ言っておく」

「本当なんですか!」


 ハリオは顔色を変えてさらにディレンを問い詰める。


「安心しろ、奥様はご無事だ。護衛が身を挺して守ったからな」

「え!」

「そして2人とも生きてる。ただな、1人がケガをした」

「どっちが!」


 船旅の間にトーヤともアランとも色々と話をするようになっただけに、心配を顔いっぱいに広げて聞いてくる。


「ああ、黒い髪の方がな、ちょっとばかりケガをした」

「ルギさんが! で、ケガの程度は」

「大丈夫だ、命に別条はない」

「よかったあ」


 ハリオが本心からホッとしたように言う。


「それで今はどうしてるんです? 医者には?」

「ああ、そのへんは大丈夫だ。ただな」


 ディレンが顔を曇らせる。


「しばらくの間は護衛としては使えそうにない。それで少しばかり困ってらっしゃる」

「なんですって?」


 ハリオが重ねて聞く。


「アランも結構な腕利きだと聞きましたよ。1人では護衛しきれないって、また襲われる危険があるってことなんじゃ」

「まあな、そういうことらしい」

「また賊が押し入ってくるってことですか?」

「賊かどうかな」

「え?」

「ここだけの話だぞ」


 ディレンが若いハリオの襟元を掴み、耳を寄せる。


「なんか、奥様のことを狙ってるやつがいるかも知れねえって話だ」

「え?」


 ハリオが固い表情で船長の顔をじっと見る。


「ただの物取りならな、あんな風にはならねえ」

「一体どうなったって言うんです」

「だからな、2人の護衛が体張って、それで必死に守ってようやくなんとかご無事だった、そういうこった」

「それって……」

「ああ、奥様の命を狙ってる賊がいるってこった」


 言うだけ言ってハリオの体を突き放すようにする。


「一応憲兵には報告してあるが、この街の住人ではないし、そこまでの説明をするわけにもいかんし、見回りを厳重にしてくれるってことまでしかしてもらえんらしい。どうしてさしあげたもんかと、少しばかり考えてる」


 船長の思いつめた顔にハリオがゴクリとつばを飲み込んだ。

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