7 お家騒動 

「あ、あの船長、なんでお命を狙われるなんてことに」

「それなんだがな」


 ディレンが考えるようにしてから続きを口にする。


「俺も、今度のことがあって初めて聞いたんだが、お家騒動があるらしい」

「お家騒動?」

「ああそうだ」


 ディレンが目を閉じて深くうなずいて見せる。


「奥様のあまりのご寵愛の深さにな、それ以前の夫人から今までの子らを差し置いて、奥様のお子様を家の跡継ぎにするつもりじゃないか、そういう目を向けてるのがいるらしい」

「え、子どもさんがいるんですか?」

「いや、まだいない。だからこそ、できる前にってことらしい」

「そういう話、あるらしいと聞いたことありますが、でも……」


 そのへんで噂としては耳にする話だが、ハリオの周囲には全く縁がない話である。それがさすがに一気に身近の話になってきた。


「俺はあの黒髪の方とちょっとした古い知り合いでな、偶然俺がこっち来る船の船長だって分かるとえらく喜ばれた。そんで無理聞いてくれって個室を準備したわけなんだが、船にもすぐ乗り込みたそうにするし、最初はそんなに追いかけてくる他の奥様が怖いのか、ぐらいにしか思ってなかった」

「ええ、まったくです」

「それでもな、船が出てホッとしてたらしい」

「そりゃそうでしょう」

「だが、知られてた」

「え?」

「誰かが奥様がうちの船に乗ってることを知らせて襲わせたかも知れん」

「って、まさか船長!」


 ハリオが目を丸くして抗議の声を上げる。


「俺たち疑ってんじゃないでしょうね!」

「いや、おまえらは信用のできる仲間だ。特に今回は新しいやつもいなかったしな」

「そうですよ」

「だからおまえらじゃない」

「じゃあ客ですか?」


 ディレンが黙ったままじっとハリオを見る。


「かも知れねえが、かといってそいつは奥様をどうこうって思ってる人間でもないかも知れない」

「どういうことです?」


 船長が話を続ける


「もしも、の話だぞ?」

「はい」

「御一行はお国から馬車を走らせて必死でナーダスまで走ってきた」

「はい」

「もしも、例えば鳥でも使ってそれを知らせたやつがいたら?」

「それは……」

「奥様御一行が到着するのを見張ってて、あの馬車、目立たないようにはしてあったがな、まあ見つけてそれを誰かに知らせたやつがいたとしたら?」

「それが客だってんですか?」

「客とは限らねえ」

「どういう意味です?」

「例えば、国に手紙を届けてくれ、そう言われたらそいつは引き受けるんじゃないか?」

「あ……」


 何しろ遠い海の向こうの国のことだ、簡単に行き来ができない者がそうやって手紙を預けるというのはよくある話だ。


「そうやって、知らずに、親切で、そんな手紙を家族への手紙だと思って届けた者がいたとしたら?」

「こっちにいる誰かが奥様がこの国に来たのを知ることができますね」

「あくまで俺の推測だぞ?」

「はい」

「他にもな、もしかしたら、客を装って刺客が船の中でと狙っていた可能性もないことはない」

「だからルギさんたちは交代で部屋の前で番してたんですね」

「そういうこった」


 ハリオは腑に落ちたという顔になる。


「おかしいと思ったんだよなあ、えらいこと厳重だって。でも、あの国じゃそれが普通なのかも知れないと思ってた」

「まあ、もちろん、ああいう国のこったから、狙われてなくともそれぐらい普通なのかも知れん」

「はい」

「で、船の中では大丈夫だった。俺と一緒の宿でも大丈夫だった。それが、引っ越して手薄になったのを見て、とうとう襲ってきたんじゃねえのかなあ」

「船長……」

 

 ハリオは心底から心配する顔になり、


「なんとかして差し上げられないんですか?」


 家族の心配をするようにそう言った。


「たった一月ほどの間で、奥様とは侍女の人通してですが、みんなと話をして、俺たちあの人たちを好きなんですよ。いい方たちですよ」

「そうだな」

「この国の力のある人とか、そういう人に言って守ってあげられないんですか? ルギさんがケガしてるんでしょ? 2人で守ってやっとのことで守れたんなら、今度アラン1人の時に襲われたらどうなるか」


 そう言ってから、


「俺たちも手伝うってわけにはいきませんか? 枯れ木も山のなんとかって言うでしょ、俺たちがいるだけで相手も簡単には襲ってこられないんじゃ」

「だめだ」

 

 ディレンがはっきりと言う。


「おまえらはただの船員だ。腕に覚えのある傭兵とかそういうのじゃないだろう」

「え、ってことは、あの2人……」


 ディレンがハリオに黙って頷いてみせる。


「そうだ、その道のプロだ」

「あんな若いのに……」

「だからな、普通のやつらが行ってもかえって邪魔になる。役に立つってのなら、おまえら命がけで盾になれるか?」

「それは……」


 いくら親しくなったといっても、命をかけて守れるかと聞かれると困る。


「俺はおまえらの命にも責任がある。船長だからな。だから、どうしようか今ちょっと考えてるんだ」

「船長……」


 ハリオは船長の実直そうな顔をじっと見つめた。


「ああ、どうすれば助けて差し上げられるか、おまえらも何かあったら教えてくれ。俺らがここにいられる一月ほどの間にできるだけのことはやってさしあげたい」

「はい、俺も色々調べてみます」

「頼んだぞ」

「はい、仲間たちにも聞いてみます」

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