8 伝手 

「なーんか、あれだよな……申し訳ないよな、嘘ついてるんだしな……」


 侍女の扮装ふんそうのベルが、しおしおとそう言う。


「まあしゃあねえ、これも作戦のうちだからな」

「なんだけどよう……」

 

 自分たちのことを心底から心配してくれた若い船員の顔を思い浮かべると、なんとも申し訳ない気持ちになるのは仕方のないこととは言えた。


「だからな、俺たちが安全な場所に保護されて、それを教えてやるのが一番の恩返しじゃないか。違うか?」

「うん、うん、そうだよな、おれもそう思うようにする」


 両手をぐっと握りしめ、自分を励ますようにそう言った。


「色々と思うところはあるだろうが、今はなんもかんも忘れてそのことだけに集中しねえとな」


 トーヤがそう言ってベルの頭に手を乗せると、


「返してもらうからな」


 と、一時棚上げはしても決して忘れないぞ、という目でトーヤを睨む。


「いやだ~ベルちゃんこわ~い」

「怖いのはそっちだろ、そんなかっこでそんな言い方」


 言われるトーヤの姿はというと、確かに見た人はギョッとするような有様である。


 顔は左目以外全部、鼻も口も包帯で覆われている。額にも巻かれた包帯には少し血が滲み、その上から黒い前髪が出ている。右手も包帯でぐるぐるに巻かれ、三角巾で吊るされている。


「ケガなんかしてねえのにさ」

「いやいや、してるぞ、見ろ、これ!」


 そう言って右手の包帯を少しめくると、線上に傷跡が見える。


「痛かったぞ」

「すぐシャンタルに治してもらったくせに」


 一応暴漢に襲われた現場を作るため、市場で食用に買ってきた鶏の血を部屋にまいたのだが、トーヤの血も、腕にも傷をつけて見えるようにしたついでに包帯になすりつけてあった。


「難しかったんだよ、ちょっとだけ傷残して治すのって」

「それが不思議なんだよなあ」


 シャンタルの言葉にアランが言う。


「全部治すのが難しいんなら分かるが、治し切る方が簡単ってな」

「だねえ」


 答えるシャンタルの言葉にトーヤが、


「まあ、こいつの力が強すぎるんだろうな。だから軽い傷にちょびっとだけ力向けるってのが難しいんだよ、多分だが」

「ああ、なるほど」


 納得したようにシャンタルが言い、


「じゃあ、今度はもっと大きいケガした時にやってみるよ、半分ぐらい治せるかどうか。だからケガしたらすぐ教えてね」

「おい!」


 そう言って笑い合う若い4人を見て、船長ディレンも一緒に笑った。


「気楽なもんだな、え」

「おかげさまで。で、そっちはどうなった?」

「ああ、なんとか話つけられそうに思う」

「そうか、よかった。よろしく頼むな」

 

 一昨日の夜、ハリオに知恵を貸してほしいという風に言ったところ、他の船員たちに相談し、さらにその船員たちがこの地の知人たちに相談、またその次という風に話が広がり、その中に「あるところ」の名前も出てきた。


「それでなるほど、という風にそっち方向に話を進められないかアロさんに相談した」




「うーん、それは……」


 ディレンからの相談にアロは難しそうに頭を捻る。


「あの島のことも考えてくださった方ですしなあ。なんとか助けて差し上げたい」

「リル島のことをですか?」

「ええ、あの島でやっとのように羽を伸ばされましてな、随分とお気に入ってくださったようです」


 と、あの島の意匠の入った品々を買い求め、それを船客や船員にくれたこと、そこからまたリュセルスの街に島の話が広がっていること、などを話す。


「この国の方、特にリュセルスの方はこの地から動こうとされる方が少ないせいか、あまりあの島のことは知られてません。島の発展の割には知る人が少ないことは気になってました。それが、街のあちこちでも話題に出て、しかも好感を持って話を聞いてくれてる方が多いように思います」


 と、若い船員から聞いた飲み屋の若い娘の髪留めの話をする。


「涙を浮かべて、何かお力になってあげられないか、そう言ってたそうですよ」

「ふうむ……」


 アロは商人、それも大商会の会長である。親から継いだ商売ではあるが、それをさらに大きく発展させたのはアロの実力に他ならない。


 トーヤに若い頃にアルディナに旅した思い出を懐かしく語った時に言われた、「2つの神域を繋ぐ定期便の創始者になる」という、あの時は夢物語に近かった話を、新規航路を開拓し、今まさに実現しようとしている。商人の大立者、第一人者と言える人物である。


「いや、おっしゃる通り、伝手つてはないことはないです。ですが、あちらが受け入れてくださるかどうか……」

「その伝手を持つものが私の周囲にはおらんのですよ。何しろあちらの人間ですし、こちらにはいつまでいられるか分からない。私がいられる間になんとか少しでも助けになることができんかと。それでアロさんにこうして頼んでおるわけです」

「ううむ……」


 アロはもう一度難しそうに首を捻る。


「『中の国』は距離的にはアルディナと近いですが、なぜか縁はこちらとの方が深い。このことでこの国に損が出るようなことはないと思います。少なくとも、リュセルスの民はあの方を救ってくださる方に良い印象を持たれることは間違いないかと」


 損得で言われると商人は弱い。アロはできるだけのことはするとディレンに約束してくれた。

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