25 ダルとルギ

「ってことは、エリス様たちへの疑いは消えたってこと?」


 ダルがルギに聞くと、


「まあ、今のところはな」


 そういう答えが返ってきた。

 それを聞いてダルが少し笑った。


「何がおかしい」

「いや、だってな」


 さらに笑いながら言う。


「ルギらしいなと思って」

「何がだ」

「なんとなくホッとしてない?」


 ダルがそう言うと、ルギがギロリと怖い目つきでダルを見る。


 他の者なら、その目つきを見て自分が何かまずいことを言ってしまったのではないかと縮み上がるところだが、この八年の間、それから八年前の色々なことを見てきているダルには分かった。


「そういう顔してる」


 さらにそう言うと、


「まあ、問題はないにこしたことはない」


 そう言って認めたようだ。


「そうか、よかった。俺もホッとしたよ。だって何か疑わしいってなったら俺も立場ないしな」

「それはそうかも知れんな」


 ダルは心の中でルギに「ごめん」と謝っていた。


「だけど、ってことは、じゃあ誰があの手紙の送り主だってことになるよな」

「そうなるな」

「ってことは、本当に奥の方たちが危ないってことになるのか?」

「…………」


 ルギは黙ったまま執務机に肘をつき、組んだ両手の親指で作った輪の中にアゴを入れるような姿勢で考え込む。

 

 輪を作った右手の親指の付け根あたり、そこから頬の方向に、うっすらと光るように一本の線が見える。

 八年前、トーヤにつけられた傷跡だ。かなり薄くなってはいるが、角度によっては薄く見えることがある。


(そうなんだよなあ、トーヤは本気でルギに斬りかかったんだったよなあ)


「なんだ?」


 ルギがダルの視線に気がついて聞く。


「いや、傷、目立たなくなったなと思って」


 言われてどの傷のことか思い当たったようで、不愉快そうな顔になる。

 その顔を見てダルが笑った。


「何がおかしい」

「いや、色々とあったなあと思ってさ」


 本当に色んな事があった。


 あの湖から2人がなんとか逃げ出し、それをルギはあの洞窟の海につながるところまで、ダルは「サガンの港」まで送っていった。


 事情を知る者のうち、最後の最後まであの2人に付き合ったのがこの2人であった。


「そうだな」


 ルギが言葉少なにそう返す。


 あの後、ルギはダルの愛馬アルを連れ、一足先に宮へ戻って湖でのことを報告した。

 

 マユリアは黙って最後まで聞いていた。

 ラーラ様は途中から真っ青になり、目をつぶって口の前で両手を握り、震えながら聞いていた。

 キリエはいつもの通り、顔色一つ変えずに全部を聞き終えた。

 ネイとタリアもキリエに続くように、いつものように最後まで無表情に聞いていた。


 その後でミーヤとリルのところへ行き、ここでも報告をした。


 ミーヤは少しばかり顔色が悪く見えたが、しっかりと顔を上げて最後まで聞いた。

 リルは途中で「ああ」と一声だけ言うと、後は目をつぶって下を向いて聞いていた。


 みんなに報告をし、後はダルが戻ってからのこととなった。


 その後、船でサガンまで行ったダルが戻ってきたのは二十日はつか以上のちのことであった。

 

 往路に10日、サガンの港で3泊した後、2人の乗った船が出港するまでを見送って、またオーサ商会の船でリルの父のアロと共に戻ってきた。


 今度はダルが奥宮で無事に出港したことを報告する。

 ルギもその場に一緒にいた。


 今度は命に関わるような話がなかっただけに、奥の方たちも安心して聞くことができたが、日数からするとすでに船は「東の大海」の真ん中あたりに差し掛かる頃、本当に遠く離れてしまったのだと実感することとなった。


 さびしさのあまり泣き出したラーラ様をマユリアが抱え、何かを言って慰めていた。それを侍女頭と2人の侍女が黙って見守る。


 マユリアが礼を言った後、奥宮を辞して今度は前の宮、月虹兵の係となった2人の侍女に声をかけ、ダルの部屋で話をした。


 リルは、父親が無事に戻ったことにもホッとしたようだったが、2人が遠くに行ったことをやはり実感したようで、「ご無事で」とただ一言だけ口にすると、胸の前で両手を組んで祈った。


 ミーヤは……


「お疲れさまでした」


 そう言って、ダルに深々と頭を下げた。

 その表情からは何も分からない。


 まるでキリエのように、鋼鉄の仮面をかぶったように、自分の気持ちを封印するかのように、表情なく丁寧にそう礼を言っただけであった。


 そうして関わった者全てに報告を終えると、どちらからともなく、ルギとダルは一緒に王都へ出て、一軒の酒場で酒を飲んだ。


「トーヤは一滴も飲めなかったからなあ。一度一緒に飲んでみたかったよ」

 

 ダルがそう言うと、


「飲めない者に無理に飲ませるわけにもいかんだろう」


 そう言うと、ぐいっとカップを傾けて、一気に酒を飲み干した。


「その代わりこうしてルギと飲めてるからまあいいか」

「そうだな」


 そう言い合って、それからは時々2人で酒を飲み、なんということもない話をしたり、お互いの隊について意見交換をしたり、なんとなく友人と言える関係になっていた。


 今でもダルはそれが不思議でしょうがない。

 だが、ルギがどう思っているかは聞いたことがない。

 どうせ聞いてもまともに返ってこないだろう。

 

(そういう部分はトーヤと一緒だよな、天の邪鬼で)


 そう思って一人で笑うだけだ。

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