21 揺れる心
ルギはボーナムと共にハリオに礼を言って船から降りた。
「間違いないな」
「やはり」
ルギもハリオがあの時の「ルーク」であると認める。認めざるを得ない。
「ですが、なんとも思っていないようですよね」
「そうだな。あまり大したことと思ってはいないのだろう」
「なるほど、そういうことですか」
ボーナムも納得する。
「おそらく、軽い気持ちで引き受けたのだろう」
「そうかも知れません」
警護隊の隊長と副隊長が並んで、小さな声で話しながら歩く。
もしも聞こえたとしても、周囲の者には何の話か分からぬように気をつけながら。
「私は一度戻る。残りの船は任せた」
「はい、お気をつけて」
ボーナムは待機させていた部下と共に、他の船の積み荷をアルロス号と同じように調べに行った。
(バカめが)
ルギは一人馬を走らせながら、また心の中でトーヤに悪態をつく。
(おそらく、内容を知らせず軽い気持ちで引き受けられるような口実で頼んだのだろう。あの男は悪意のない人間だ、そうして頼まれたら軽い気持ちで愉快ないたずらぐらいの気持ちで引き受けるだろう)
だが……
「その善意が裏目に出た」
小さな声が漏れる。
そのために部下たちに気づかれることとなった。
この後、青い香炉のことがどうなろうと、エリス様御一行のことは取り調べなくてはならなくなった。
そしてルギは考えていた。
このことをトーヤたちに知らせるかどうかを。
知らずに香炉のこと、セルマのこと、うまくいっていると思っておとなしくしていてくれた方がいいのか、それとも知られたことを教えて一緒に他の道を探すのがいいのか。
(どちらの方がマユリアのお為になるのか)
場合によってはマユリアに知らせることも考えないではなかったが、そのことを考えるとルギの心の奥底を何かの感情が刺激をした。
今のところルギとトーヤたちの利害は一致している。
次の交代に「黒のシャンタル」を割り込ませ、中に残る女神を完全に抜き、当代に継承させ、さらに次代様に継承させる。そうしてマユリアと「黒のシャンタル」両名を人に戻す。
『人に戻す』
その言葉がまたルギの心を刺激する。
『海の向こうを見てみたい、海を渡ってみたい、そう思っていました』
『実の親の元へ戻りたいと考えています』
どちらが真実なのか、考えれば考えるほど分からなくなる、迷う。
『シャンタルとマユリアの受け渡しが無事終わったら、ラーラ様と二人で聖なる湖に沈むつもりだった』
自分には話してもらっていなかった真実の声。
『なあ、あんたさ、一回でもマユリアにどうしたいか聞いたことあんの? マユリア、あんたに自分がどうしたいって言ったことあるか?』
いっそ、知らぬままの方がよかったのかも知れない、迷わなかったのかも知れない。
『私はいつまででもお待ちいたします、あなたのお心が私の心を受け入れてくださるまで』
一体どの道を選ばれるのか分からない。
何も知らず、ただ黙々とマユリアの命に従っていた頃の自分が懐かしい。
だが、知ってしまった今、もうあの頃には戻れない。
「はっ!」
揺れる心のままルギは愛馬の腹を蹴り、速度を上げて宮へと戻った。
「では警護隊はまだ香炉を探し続けているということなのですね」
「そのようです。神殿にも再び隊員がやってきて、今度は香炉だけではなく、陶器のツボや香炉に見える物の目録まで見せろと言ってきました」
セルマの問に神官長が答える。
「まあ、あのからくりに気がつく者はおらぬでしょうが、一応気をつけておいた方がいい」
「はい」
「宮の方でも調べているのでしょう?」
「はい、そのようです。キリエ殿から神具係や調度品係などにそのように指示があったとか」
「青い香炉は誰が持って来たか分からない、もうそれで終わることでしょう。ところで、そろそろ封鎖の日を決める時期にきたようです」
「では、いよいよ」
「ええ、あなたが宮の最高権力者となる日がついにやってくるのです」
神官長が満足そうな笑みを浮かべる。
「託宣のないこの八年、民たちは不安を感じて生活をしてきたことでしょう。ですが託宣のできぬシャンタルは名ばかりのマユリアとなり、生まれてすぐの新しいシャンタルの後継者にあなたがなれば、この先のこの国、この世界の先行きは安泰です。ようやく、我々がこの世界の救世主となる時がやってきたのですよ」
「はい」
「マユリアも、国王陛下のあれほどのお気持ちを無下にするなどということもできますまい。お望み通り、一度ご両親の元へ戻り、それからあらためて妃として王宮に迎えられればよろしい。計画とは少し違う形になりましたが、まあ満足できる形に収まりそうでよかった」
「はい」
神官長の言葉に、セルマは責められている気持ちになった。
当初の予定では、キリエをマユリアから引き離し、セルマに信頼を置いていただき、セルマの説得で皇太子の後宮に入っていただく、その予定であった。
自分はマユリアの信頼を勝ち得なかった。
あの老女に負けたのだ。
なぜわたくしがあの老女に劣るのだ。
この国の、この世界の行く末を思い、己の信念を曲げてまでこれからの未来を守ろうとしている自分が。
その気持ちがセルマの心を揺らしていた。
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