8 苦いお茶会
「香炉のことでお伺いしたいことがあります。少々お時間をいただきたいのですが」
ルギがセルマにそう言って、警護隊長の執務室に来てくれるようにと言った。
「わたくしがですか?」
セルマが不快そうに答える。
「はい」
「なぜわたくしが?」
「セルマ様は神具係でいらっしゃいましたよね」
「ええ、それが何か」
「神具係、神殿、他に香炉に関わる係にいた者、すべてに色々と話を聞いております。特にセルマ様がどうというのではないのですが、お立場から私の執務室でお話しさせていただきたい、それだけのことです」
「まだ香炉のことを調べているのですか」
「ええ、もちろん」
「そうですか」
セルマはルギの顔色を伺ったが、そこからは何も読めなかった。
ルギは誰に対しても同じ態度である。
(一体何を考えているのかさっぱりつかめない)
「分かりました。お伺いします。それで、いつ行けばいいのですか?」
「セルマ様のご都合のよい時で、私が執務室にいる時ならばいつでも。そちらのご予定に合わせます」
時間の譲歩をしてきたということは、自分に対して本当に一応形だけの取り調べをしたいということなのかも知れない、セルマはそう思った。
「では、今からすぐ伺います」
「よろしいのですか?」
「ええ、この後まだ色々と用がありますから、その前に手っ取り早く済ませてしまいましょう。そちらの時間はよろしいのですか?」
「はい。私もこの後で色々とありますので、その前に済ませていただけると助かります」
「では」
ルギの後ろにセルマが並び、二人で警護隊長の執務室へと向かった。
「どうぞ」
ルギに招き入れられ、セルマが部屋に足を踏み入れると、あの青い香炉が目に飛び込んできた。
執務机の上に、扉の方を向けて置いてあったのだ。
セルマが一歩入ったところで思わず足を止める。
「いかがなさいました?」
「いえ、あの香炉が」
「ええ、どうかなさいましたか?」
「いえ、ここにあるとは思わなかったもので」
「ああ、色々と調べるのに必要でここに置いてあります」
「そうだったのですか」
セルマが不愉快そうに香炉に目をやり、そらした。
「まあおかけください。おい」
ルギは部屋に待機していた若い衛士にお茶を持ってくるようにと言いつけが、
「いえ、用が終わったらすぐに退室いたしますから、結構」
セルマがそう言って断る。
「せっかくおいでいただいたのですから。ですが、それほどにお急ぎの用がおありなら、また今度にさせていただいてもよろしいが」
ルギの言葉にセルマが、
「いえ、出直すのは面倒ですから、今お話をさせていただきます。お茶もお願いいたします」
そう言って座り直す。
「分かりました、頼む」
ルギの言葉を聞いて若い衛士が部屋を出ていった。
お茶が届く間、二人共一言も話さずにじっと座って待っていた。
「どうぞ」
さきほどの若い衛士がセルマの前に濃い色のお茶と、干した果実と木の実を入れた木の鉢を置いた。
「ありがとう」
そうは言ったものの、目の前に置かれた不可思議な茶と菓子に眉をひそめる。
「ルギ隊長、これは?」
「ああ、それはエリス様からキリエ様にお見舞いに届けられた体の毒を抜くお茶と、毒のせいで体に不足した栄養を補うための体に良い食品らしいです」
「え?」
セルマはルギの意図を図りかねる。
「なぜそれをわたくしに?」
「セルマ様にも必要では、と思ったもので」
セルマが眉をひそめてルギをジロリと見た。
「どうしてわたくしに?」
「取次役などという重い役職にお就きでしょう。私にも同じ物を持ってこさせてます」
見てみるとルギの前にも中までは分からぬが同じ陶器のカップ、同じ木の皿が置いてある。
「そうですか。ご好意痛み入ります」
セルマは単調にそう言うと、お茶のカップに口をつけた。
「苦いですね」
「まあ薬草茶のようなものですからな」
言いながらルギも同じように飲み、
「確かに苦い。ですが、こちらの木の実はなかなかに美味ですな」
そう言って、赤い干し果実を口に入れた。
セルマも同じように口にし、
「深い甘みがありますね」
「さようですな。それでいて滋養がある。なかなかに優れた実のようです」
そうして世間話のようにしばらくの間お茶を飲んだ。
見た目は穏やかなお茶の時間にしか見えない。
それがたとえ強面のルギと、威厳を見せつけるようにあえて厳しい顔、張り詰めたような姿勢のセルマの二人だとしても、ゆるやかな湯気の立ち上るカップと、ほんのり甘い干し果実、香ばしい木の実が作り出す時間は、やはり癒やしの時間に見えた。
一通りお茶の時間らしき時を過ごすと、
「では、お互いに忙しい身でもあることですし、質問をさせていただきます」
と、ルギがセルマに話しかける。
「ええ、どうぞ」
こんな意味不明な時間と空間からは少しでも早く立ち去りたい。セルマは少しホッとした。
「では、お尋ねいたします。黒い香炉は今どこにあります?」
「え?」
セルマは思いもかけないルギの言葉に思わず顔がひきつる。
「神具係のセルマ殿が、シャンタルの宝物庫より下げ渡された黒い香炉を受け取って神具室に受け入れたことは分かっております。その後、神殿へ渡されたその香炉は、一体どこにあるのでしょう」
セルマは背中が一瞬で凍るのを感じた。
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