7 甘えていい

「いやいや、笑いこっちゃないですよ。本当にびっくりしたんですから」

「そうだろうな」


 そう言いながらも笑うのをやめない。


「まあ、そのおかげでその後はルギの力も借りられたからな」


 トーヤも笑いながらそう言う。


「けど、今回はあいつ、まだ敵か味方か分からん」

「そうだな」


 アランも同意する。


「それでもそれなりに、ギリギリのとこで教えてくれたことなのかも知んねえな」


 トーヤは少し考え、


「色々決めとくぞ」


 そう言ってアラン、ダル、ディレンと色々と打ち合わせをし、


「シャンタルとベルにも伝えといてくれ」


 とアランに頼んだ。


「分かった。ミーヤさんはどうする」

 

 アランの言葉にトーヤは一瞬黙ってから、


「ミーヤとリルには教えねえ方がいいだろう」


 とだけ言った。


 アランはエリス様の部屋へ行き、シャンタルとベルだけの奥様の寝室でそのことを話した。


「なんだよ、そんなヤバいことになってんのか?」

「いや、念の為だ」

「といっても、トーヤがそう言うってことは、そういう可能性もあるってこったよな?」

「まあな」

「それで、どこに逃げるの?」


 シャンタルが普通にそう聞く。


「その場所はまだ教えられねえってさ」

「え、そうやってどうやって逃げんのさ?」

「途中、落ち合う場所とかを決めてる。そんでな」


 アランがぐっと身を乗り出した。


「その逃げ場所だが、ダルさんと船長には嘘教えてある」

「え、なんでさ!」


 ベルが驚いて声を高くした。


「迷惑かけたくねえからだろ」

「え、え、でもさ、それ」

「ってかな、トーヤ、俺にもどこに行くかは教えてくれてねえからな」

「え?」

「落ち合う場所だけは知らせとく。それと逃げ道な」

「わかった」

「うん、分かったよ」


 ベルもシャンタルも、そしてもちろんアランもトーヤが「こうする」と決めた作戦には、よっぽど異議がない限り従う。そうして今までやってきたのだ。


 アランが二人に手はずを説明し、もしもの時の準備を整えておいた。


「なあなあ」

「なんだ」

「そんで、ここ逃げ出して、その後どうする気なんだろうな、トーヤは」

「言ってはなかったが、おそらくそこから手助けするつもりなんだろ」

「できんのか?」

「さあな」

「たよんねえなあ~」


 ベルがはあっと息を吐く。


「けど、ほっとくことはしねえ、トーヤはそう決めてそう言ってたし、俺らも一緒にやる、そう決めたよな」

「うん」


 この間、シャンタルがいないところで3人で、3代のシャンタルのことを話し合った時のことだ。


「だからなシャンタル」

「うん、何?」

「もしもここから出たとしても、おまえの家族を見捨てた、おまえの家を捨てた、そういうことじゃねえからな?」

「分かってるよ」


 シャンタルは何もないように軽く笑う。


「前にもそう言ってたじゃない。ベルにすごく怒られてさ」


 シャンタルがにっこりと笑ってベルを見る。


『おまえなあ! 大体こっち来る時だって黙って来ようとしただろうが、え? 巻き込みたくない? ざけんなよ! おれらのことなんだと思ってんだ、え? どんだけなめてんだよ!』


 シャンタルが仕事が終わったらもう3人はそれで自分のことを捨てて行ってくれたらそれでいい、そんなことを言った時、ベルが怒りを露わにし、シャンタルの胸ぐらを掴んで爆発するようにそう言ったのだ。


「怖かったな~」


 シャンタルが思い出すように、肩をすくめるようにしてそう言って、それでも笑う。


『おれ、もっと、シャンタルに、信用されてると、思ってた……』


 ベルが、そう言ってしゃくりあげながら泣いた。


『けど、けど、こいつは……おれらのこと、全然、信用してなかったんだよ……どうでもいいんだよ……』


 静かに泣き続けた。


『許せねえよ……情けないよ……』


 静かに燃え上がるような怒りを涙で流して続ける。


「うれしかったよ」


 またにっこりと笑ってシャンタルが続ける。


「トーヤがベルをなだめてくれても、それでもまだ怒ってたよね。そして言ってくれた」


 シャンタルが目を閉じて、ゆっくりと上を向いて思い出す。


『こいつの家族だったらな、おれらの家族も同然じゃん! だったらほっとけるわけねえだろ! それも含めて情けねえんだよおれは! そう言われてそうですかってあっち戻ると思われてる、そこが情けねえんだよ!』


「そうして、トーヤに『おっさんこそ分かれよな!』って」


 そう言ってシャンタルがクスクスと笑った。


「だったな」


 アランもククククッと、小さく笑う。


「うん、その後私も『おっさん』に少し怒られたけどね」

「だったな」


 シャンタルとアランが顔を見合わせてまた笑った。


「なんだろうね、すごく楽になったんだ、あの時」


 シャンタルが美しく微笑みながら続ける。


 その姿はここで、シャンタル宮で神として君臨していた時と少しも変わらず、今も神々しく光り輝いている。


「私を家族だと言ってくれて、そしてマユリアやラーラ様も大事だって言ってくれた。うれしかったなあ。甘えていいんだと思った」

「え!」


 ベルが驚いて声を上げた。


「いっつも甘えてああやってんじゃねえのかよ!」

「失礼だなあ」

「いや、本当、俺もおまえは甘えてると思ってた」

「アランまで、ひどいなあ」


 笑いの中でゆっくりと時間が流れていった。

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