12 最悪の展開

「引き止めて悪かったな。行ってやってくれ」


 背中に届く声が寂しそうに聞こえるが、トーヤはぐっと歯を食いしばって無言のまま部屋を出た。仲間がいる船長室に黙ったまま入る。


「なんだあ、声もかけずに入ってくるたあ不用心だな、トーヤらしくない。何があったんだ?」


 三年も一緒にいるだけあって、アランが常ならばあり得ないことをするトーヤに驚く。


「ああ、ちょっとな……ベルはどうだ?」

「へばってる」


 見てみると、侍女用としてしつらえた簡易ベッドの上に倒れ込んでいる。もう吐く気力もないようだ。

 

 トーヤはベルのそばに座ると、


「おい、大丈夫か」


 声をかけるが、黙って首を振るだけで声を出すのも辛いらしい。


「まあ、どうしようもねえからなあ。せめて船の揺れを受けにくい方向に体動かせ」


 黙ったまま今度は縦に首を振る。


「水、飲めるか? 持ってきてやろうか?」


 ベルは、少し考えて首を縦に振った。


 トーヤは飲み水を入れてある樽から木のカップに水を汲み、持ってきてやる。


「ほれ、飲めるか?」


 ベルを抱き起こし、両手にカップを持たせてやる。

 顔色が真っ青で、目の下にクマまでできている。


 ベルは弱々しくカップを持ち、少しずつ水を飲んだ。


 トーヤはふと、嫌な思い出を思い出し、


「おい、しっかりしろよ、死ぬなよ」


 と言ってしまい、ベルが目を丸くして、


「おれ、死ぬの?」

 

 おびえた顔になる。


「死なねえよ」


 トーヤがプフっと吹き出し、


「船酔いぐらいで死ぬわけねえだろうが、バーカ」


 そう言って頭をピシャリと、それでも軽く叩く。


「おどかすなよ!」


 ベルも一瞬元気になり、唇をとがらせ、トーヤに憎たらしそうに顔をしかめてから水を飲んだ。


「そんだけ元気なら大丈夫だ。まだ飲むか?」

「いや、いいよ。なんかちょっとすっきりした」


 トーヤにカップを返し、また簡易寝台の上に身を預ける。いつもの元気なベルではない、ぐったりした様子にトーヤも心配を顔に浮かべる。


「それで、何があったんだ?」


 ベルが顔だけチラッとトーヤに向けてそう聞く。

 トーヤは答えない。


「なんだよ、聞いてほしそうな顔してさ、とっとと言っちまえよ、おっさん」


 そう言って、いつものように、だがいつもよりは軽く頭をはたかれた。


「病人だぞ~おれは~」

「なーにが病人だ、船酔いぐらいで。とっとと元気になれ」


 そう言ってトーヤがベルの頭をくしゃくしゃにする。


「ひでえ~兄貴~」


 弱々しくだが、いつものように言うベルを見て、トーヤの顔もふっとゆるんだ。


「それで、一体何があった? あいつに何か言われたんだろ?」


 アランが厳しい顔で聞く。


「ああ、えらいことだ」


 半分冗談のような顔で、それでも真面目に言う。


「あいつ、ディレン、俺があの国からシャンタルを連れ出したことに気づいてる」

「なにぃ!」

「ええっ!」


 アランとベルが声を上げ、シャンタルは黙ってトーヤをじっと見る。


 トーヤはディレンとのやり取りを3人に聞かせた。


「ってことは、その島で降ろされてその先には進めないってことか?」

 

 アランが冷静にそう言う。


「いや、下手すりゃそこで捕まるかも知れんな」

「捕まるって、なんでだよ」


 ベルが上体を起こし、船酔いのことをすっかり忘れたような顔で聞く。


「何しろ本国から遠く離れ、まだどういう形か固まってない島の町だ、理由なんぞどうにでもなる。誰が力を持ってるかも分からんしな」


 言われてベルがゴクリと喉を鳴らし、恐る恐るのように聞く。


「そんで、捕まえてどうすんだよ」

「さあな、そりゃ捕まえたやつの都合のいいようにだろうよ」

「都合のいいようにって、なんでだよ!」

「そうだな」


 トーヤが少しだけ顔を上げ、左手の指3本であごを支え、空間に何かを見るような顔になる。


「まず浮かぶのはシャンタル誘拐犯だな」

「ええっ! だって、頼まれて連れ出したんじゃねえかよ!」

「それを誰が証明してくれんだ?」

「マユリアとかラーラ様とか、侍女頭のおばはんとか」

「どうやって?」

「え? あ、そうか」


 本国、シャンタル宮に行けたならばそういうこともあろうが、そこから船で十日以上もかかる孤島の中での出来事を、どうやって伝える術があるだろうか。


「それにな、もしも宮に連れて行かれたとする。その時に、そんなこと証明できると思うか?」

「え、でも、そんなことがないようにしとくって、そんで月虹兵げっこうへいだっけか、その名簿に載ってるんじゃねえの?」

「そんで? マユリアやラーラ様が宮の命令でシャンタルを誘拐させました、って命令したって言うと思うか?」

「だめか?」

「考えりゃ分かるだろう」


 認められるはずがない。

 これだけの出来事を「託宣たくせん」としてでも正当化できるはずがない。


 まだ誰も答えず沈黙が続く。


「それにな、もしも降ろされるだけとしても、あの手形が無効だときたもんだ」

「なんでだよ!」


 ベルが懐から手形を取り出して見てみる。


「ちゃんとあいつの裏書きもあるじゃねえか、船長ディレンって」

「それなんだよな」


 トーヤが苦そうに笑う。


「その書き方だとな、船の中だけの証明をするって読めねえこともねえんだよ」

「え、ど、どこが?」


 言われてもどこが問題なのか分からない。

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