11 心の鍵

「あんたの勘違いだ、あいつの肌は白かった。服の影かなんかで見間違えたんじゃねえのか?」


 まだトーヤは諦めない。


「あっぱれだな」


 ディレンが声を上げて笑った。


「おまえのそういうとこ、嫌いじゃない。最後の最後まで諦めない根性もな」


 笑いを引っ込めて固い顔でトーヤを見る。


「だがな、こればっかりは負けてやれん。そうなんだろう? おまえ、あっちで一体何をした? 言い方が悪ければ、一体どんなことに巻き込まれてんだ、なあ? 困ってることがあるなら言え、力になれることならなる。おい、どうなんだ?」


 表情が心配に変わった。


 ああ、そうか、ディレンは、こいつは、この親父は、ミーヤの旦那だった大事な人は、俺のことを心配しているのか。


 そう思って心の鍵が外れそうになる、だが……


「あんたの勘違いだ、俺は何にも巻き込まれてねえ」


 冷静を装ってそう言い放つ。


「あの時のガキは、あの後で届け先に届けて仕事を無事に終えた。今度も偶然、あっちに行く船に乗って付いてきてくれって言われて行くだけだ。だから、あっちまで送ったらすぐに戻る。その時にまたガキ送ってくれって仕事があったとしたら、あの時と同じようにおぶって連れて行くだけだ。なんか問題あるか? その2つ無理やりくっつけて考えんなよ」


 トーヤは冷ややかな顔でそう続けた。


「そうか、認めねえか」

「ああ、残念ながらな」

「もうちっとおまえに信用されてると思ってたんだがなあ」


 ディレンがさびしそうな表情を浮かべた。


「あんたのことは信用してた。だがな、今度みたいに屁理屈並べて無理やりそんなことに俺を当てはめるようなことされちゃ、この先はどうだか分かんねえな」


 ディレンの人となりはよく知っている。信用できる人間だと言える。本当なら、自分のことをそこまで心配してくれたことを感謝し、すべてを打ち明けてしまいたい。


 だが年月は人を変える。あの港町で知っていたディレンと変わっていないと誰が言ってくれる?

 

 この八年の間、自分の身に色々なことが起こったように、ディレンにも色々とあったはずだ。それでトーヤや仲間を、事によるとあの国を、これから戻ろうとしているあの場所を、この男が窮地きゅうちおとしいれないという保証はないのだ。


「でもな、あんたの思い込みだ。俺には心当たりがない。悪いな」

「そうか……悪かったな、疑って」


 じっとトーヤを見る目がさびしそうにも悔しそうにも見える。


「いや、分かってくれりゃいい」


 そう言って立ち上がり。


「そんじゃ、あっちの方が気になるから様子を見に戻る」


 トーヤが取っ手に手をかけた時、後ろからディレンが、


「ああ、そうだ、おまえらは島の港で降りてもらう。悪いが旅はそこまでだ」


 そう声をかけた。


「なんだと?」


 冷静を装いながら振り返って聞く。


「おまえらには島の港で降りてもらう、そう言った」

「なんでだ」

「無賃乗船」

「はあ? ちゃんと支払っただろうが」

「船賃をか?」

 

 言われて言葉に詰まる。


「馬車、渡しただろうが」

「ああ、売ってくれって頼まれたあの馬車な、ちゃんと売ってその代金は預かってる。大金だからな、危ないから船長として預かっておく。島に着いたらちゃんと渡すから安心しろ」

「そうじゃなくてだな、その中に船賃も込みだって話だったよな?」

「そうだったか? よく覚えてないな」

「おい!」


 トーヤが気色ばんで詰め寄るが、ディレンは知らぬ顔で続ける。


「とにかく、古い知り合いってことで好意で乗せてやったが、よく考えたら船賃ももらってねえ。好意はここまでだ、この先は自分らで船を探すこったな」


 怒りで頭に血がのぼるが、押さえてトーヤが答える。


「そんなやつだとは思わなかった……分かった、島であっちまでの船を探す。そんだけの金がありゃどんな船だっていい了見で乗せてくれるだろうよ」


 吐き出すように言う。


「あ、それからな、あの手形もなしだ」

「なんだと?」

「よーく見てみろ」


 急いで懐から手形を取り出す。


「その手形が有効なのはこの船に乗ってる間だけだ。その間だけ俺が保証してる」


 言われてみれば、よく見てみればそのように条件が読めるように書いてある。


「あんた……」

「なんだ?」

「最初からそのつもりで……」

「だから何がだ?」


 ディレンが薄く笑う。


「まあな、島に着くまではまだ10日ほどある。その間に気が変わったらまた声かけてくれ、俺の気も変わるかも知れん」


 トーヤの目が暗く光る。


「分かった、俺もよく考える」


 そう言ってまた背中を向ける、その背にまたディレンが声をかける。


「トーヤの港」


 言われてピタリとトーヤの動きが止まった。


「アロさんな、見つけた島を自分のものにはせず、宮に献上した。だからその島はシャンタル宮の持ち物ってことになってる。シャンタリオでもオーサ商会でもなくな。そしてその港の名前に、発見するきっかけになった恩人の名前を付けたんだとよ」


 トーヤは答えない。


「だからな、その恩人があの国で追われたり罪人になったりしてはいないと知って安心はしてる。だが、それとややこしい運命に巻き込まるのはまた別の話だ。俺が気になるのはそこだ、その意味をもう一度考えてくれ」

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