10 万事休す

「しぶといな」


 そう言ってディレンが笑うのに、トーヤも同じように笑って返す。ここで負けるわけにはいかない。


「まあ、そんじゃそいつはおまえと別のトーヤとしよう。そうだな、便宜上『もう1人』とでも呼ぶか」

「センスねえなあ、他になんかないのかよ」


 にっかりと笑って見せる。


「今だけの登場人物だからな、そんでいいじゃねえか」

「それもそうだな、この先会うかどうかも分からん人間だ。それで、まだそいつの話があるのか?」


 トーヤがあえて先をうながす。


「そうだな、その『もう1人』、やっぱこれもめんどくせえな、もう『そいつ』でいいか」

「なんだよそりゃ、気の毒な」

「まあ、そいつがな、俺はなんとなく怪しいと踏んでる」

「何がだ?」

「俺は、そいつがその生き神様を、あの国から連れ出したんじゃないかと思ってるんだ」

「ほう」


 知らぬ顔をしながら、それでいて興味を持ったような顔をして聞き返す。


「なんでそんなこと思ったんだ? そいつ、って言ったらもう1人と混じってややこしいか……その死んだって生き神様、湖に沈められたんじゃねえのか? そいつは死体をおぶってこの国を出たってわけか。そりゃ途中でえらいことになってんだろうなあ」

「担いで出たのが死体ならな」

「なんだよ、違うって言うのか?」


 こいつはなんでそんなことを考えたんだ。

 心臓の内部が冷たくなっているにも関わらず、そこから激しく血液を送り出されるのを感じる。


「違うな、その神様は生きてたはずだ」

「死んだって言われてるんだろ?」

「ああ、だが生きてた、そのはずだ」

「何を根拠にそんなこと思ったんだ」

「それはな、見たからだよ」


 ドキリ、とする。


「何をだ?」

「俺は、そいつがその生き神様を背負ってるのを見た」

「へえ、なんだ、あんた面識ないみたいに言っててそいつに会ったことあるんじゃねえかよ」

「ああ、会ったんだ」


 ディレンがトーヤを見つめる目から面白そうな色が消える。


「そいつが背負ってた子どもな、肌が褐色だった」


 嘘だ、とトーヤは瞬時に思った。


 あの時、シャンタルの顔の下半分はマフラーで巻かれ、上はマントと黒いカツラの前髪で隠されて見えていないはずだ。手は冬なので手袋をはかせていた。足元はズボンと靴、見えるはずがない。


「へえ、でも褐色の肌の子どもなんて掃いて捨てるほどいるじゃねえかよ、なんでそれが生き神様だって思うんだ」

「そいつはな、シャンタルの神域から戻ったばっかりだった。そんで生き神が死ぬ前に宮の命令で国から出てアルディナの神域に戻った。そしてちょうど10歳ぐらいの褐色の肌の子どもを背負っていた」


 じっと視線を外さず続ける。


「もちろん、その子どもを背負っている時にはそんなこと知らなかった。だがな、後でアロさんから生き神が死んだこと、そしてそいつが宮の命令ってので故郷に戻ったこと、そんなことを合わせて考えてたらな、一つの図式が浮かんできたんだ」

「ほう、どんなだ?」

「そいつは、トーヤはな」


 あえてその名を強調して言う。


「宮の命令で、生き神が死んだことにしておいて連れて逃げた。アルディナの神域へ戻った。そして今度はそいつを連れてシャンタルの神域へ戻ろうとしている。もちろん理由は分からん、だが俺の推測に間違いはないと思っている。違うか?」

「えらい自信だなあ」


 ははははとトーヤが笑い飛ばした。


「どっちにしても俺が知るはずねえだろ。知りたかったらそいつを探して聞くんだな」


 真正面からディレンに向いてはっきりと言う。


「そうか、そいつに聞かないと分からんか」

「そうだ」


 少し上からディレンを見下ろし、


「あんたは、あの時俺が背負ってた子どもがその生き神様だって言いたいみたいだがな、あいつは褐色の肌じゃなかった。髪も黒だ。なんでそんな勘違いしちまったかな」

「髪は確かに黒かったと思うが、肌は褐色だったぞ」

「嘘つけ」


 見えるはずがない、隠していたはずだ。


「あの時は冬で、マントやら防寒着やら、そうそうマフラー、手袋、そんなもんでぐるぐる巻きにしてたのに、肌なんぞ見えるはずがねえだろう。顔は俺の背中に埋もれてたはずだしな」

「そうか、そう思ってるか。そんでそんなに自信持ってるってわけだな」

「ああそうだ、あんたが言ってること、褐色の肌の子どもだったってのは嘘だ」


 きっぱりと言う。


「そうか、そう思ってるか。だがな、見えたんだよ、褐色の肌が」

「まだ嘘続けるつもりか?」

「それはおまえだ、俺ははっきりと見た」

「ほう、どこから見えたって? あんだけ梱包してたガキの肌が見えるなんてありえねえ」

「靴下」


 ぼそっとディレンが言う。


「おまえが背負ってた子どもな、おまえが背負い直した時にズボンがひっかかって上がってな、靴下の上の肌が少し見えたんだよ。そんで褐色の肌の子だなと思った」


 トーヤが一瞬息を詰めた。


「嘘だな」

「いいや、見た」

「あんたの勘違いだ。なんかでそう思い込んじまったんだろう」

「いいや、間違いない」


 ディレンがぐっと身を乗り出し、


「なあ、らしくない失敗だよな。褐色の肌の子どもなんていくらでもいる。あいつもたまたまそうだった、そう言い切ればよかったのにな、なんでごまかす」


 そう言って勝利の笑みを浮かべた。

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