9 偶然
「そんな偶然があるのかな?」
ディレンがニヤリと笑いながら言う。
「あるんじゃねえの? トーヤって名前はそこまでたくさんある名前ってわけでもねえけど、全くないって名前でもない。そこそこはある名前だ。俺の知らないトーヤさんは世界に何人いるか俺にも分からんぐらいいるんだろうよ」
「そしておまえと同い年、アロさんによると当時18歳だったそうだ。生きてりゃ今は25歳、おまえもそうだよな」
「ああそうだ。けど、俺と同じ年のトーヤさんだって世界には山ほどいるんじゃねえの? 特にアルディナの神域は世界の中心だとか、一番でかい世界だとか言われてる。まあ2人以上はいるんだろうなあ」
「なるほど」
ディレンがククククと楽しそうに笑う。
「そんでたまたま8年前にシャンタルの神域へ行ったってところも偶然か?」
「世界は広いからな。まあ、俺じゃねえんだから、そっちはどこぞのトーヤさんだろう」
「なるほど、ありえるな」
「ああ、びっくりだがな」
どこまでもしらを切り通すのは難しい。だが、ここで引くわけにはいかない。
「そんで、他になんか聞いたことはねえのか? 俺もそのぐらい偶然が重なったやつなら一度会ってみたいもんだ。あっちに戻ったら探してみるか」
こちらから切り込む。アロが、どの程度トーヤのことをどう話しているのかも知りたい。
「そうだなあ、さすがに商人、しかも大商人だけあってな、信用第一なんだろう、なんでもかんでも情報を
「そうかそりゃ残念だな」
聞いて少しホッとする。
「ああ、その点では非常に信用できる人間だと言える。ただな」
気になる言い方をする。
「そうでもないこと、例えばみんなが知っているような情報なら、いくらでも話してくれる。話し上手なんだろうな、話していて飽きない人間だ」
それはトーヤもよく知っている。初めてアロを尋ねた時、思った以上に話が盛り上がったのは、トーヤがうまくアロを乗せただけではなく、あちらからも色々な話題を提供し、会話がはずむよう、楽しめるようにしていてくれたからだ。さすがに話し上手なリルの父親だけはある。
「みんなが知ってるってのは?」
「例えば死んだ生き神様のことだ。えらく変わった人間、おっと神様か、そういう方だったようだ」
「変わった?」
「ああ」
ディレンが真面目な顔をして
「おまえがどの程度知ってるか分からんけどな、シャンタリオってのは黒髪、黒目、白い肌の人間ばっかりだ。よその血が入ってない限り全員そうだと思っていい。ちょうどおまえみたいな感じだな」
「そうだったかなあ」
とぼける。
「西の端、サガンあたりでは、よそと交流があるからか、かなり混血が進んでてそこまでじゃねえが、王都では少なくともそうだ」
「なるほど、それでそんな風に思ってなかったわけだ」
遠回しに王都へ行ったことがないように言う。
「それがな、その生き神様、先代シャンタルはな、銀色の髪をしてたって言う」
「銀色の髪なんぞ珍しくもねえだろう、北へ行きゃ嫌ってほどいる」
「アルディナではな。だがシャンタリオでは他に1人もいないそうだ」
「へえ、そりゃまた」
「銀の髪、それに褐色の肌、それから緑の目だっけかな、そういう方だったそうだ」
「へえ」
「その方が、わずか10歳で突然亡くなられた、国中がどんだけ悲しんだか分かるだろう」
「子どもが死ぬのはつらいな」
ふいに青い少女のことを思い出す。
「それがな、神様らしく、自分自身の死を予言して、自分を入れた棺を『聖なる湖』ってところに沈めろって遺言して亡くなったそうだ」
「嘘だろ?」
愉快そうに、鼻で笑うように言う。
「いや、本当らしい。そんで話は戻るが、そのもう1人のトーヤ、そいつはシャンタルが死ぬ前に国を出たらしいんだ」
「へえ、そんで?」
「アロさんがサガンまで送ったそうなんだが、なんか宮、あ、シャンタルの宮殿のことを宮って呼ぶんだが、そこの用でアルディナに戻ることになったとか」
「へえ、そりゃまた遠いところまでお使いに行ったもんだ」
「ああ、それから3年経ったもんで、心配して、俺にそういう人間を知らないかと聞いてきたってわけだ」
「知らなくて残念だったなあ」
「ああ、まったくだ」
狐と狸の化かし合い、白々しい会話が続く。
「ああ、そうだ、もう一つあった」
「なんだ?」
「アロさんにな、酒をすすめられたんだが、おまえも知ってる通り、おまえと同じく俺も一滴も飲めねえんだよなあ。それを言ったら、そのトーヤってやつも下戸らしい」
「へえ~」
「よっぽど印象に残ってたのか、アルディナには酒が飲めない方が多いのですかな、ってな、そいつも飲めないってついポロッと言っちまったみたいだ。なあ」
ディレンが真面目な顔に戻ってトーヤをじっと見る。
「こんな偶然ってあるのか? 俺にはとってもあり得ない偶然に思えるんだが」
「あるんじゃねえの?」
トーヤもじっとディレンを見つめて言い返す。
「とにかく、そいつが俺じゃない限り、もう1人、偶然俺と同じ名前、同じ年、同じく酒が飲めねえトーヤがいるんだよ、そう思うしか仕方ないだろうが」
そう言って両手を上げて、笑ってみせた。
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