8 思わぬ名

「へえ」


 トーヤはどう答えるのが一番いいのかと考える間もなく、ほとんど反射のようにそう一言だけ吐き出した。おかしなところはなかったはずだ。


「俺はそのアロさんと五年前にサガンの港で初めて会ってな、それで『定期航路を開くこと』について意見を求められたんだ。当時はまだ船長じゃなかったんだが、たまたまその時の船に乗ってた一番の古株だったもんでな」

「そうか」


 下手なことは言えない。


「なんでもアロさんは、あっちでアルディナ出身の人間に会って、そいつから定期航路を開いてはどうかと言われたらしい。色々と細かい話もしたらしいぞ」

「そうか」


 特に興味もなさそうに単調にそう答える。


「まっすぐ30日海の上ばっかりではちと厳しい、途中で寄港できる島でもあれば現実味はある、そう答えたらな、そいつもそういうことを言ってたらしく、えらく興味を持たれた」

「へえ」

「なんだ、興味なさそうだな」

「いや、興味はある。続けてくれ」


 トーヤの言葉に、ディレンは面白そうな顔をしてから話を続ける。


「それまでは行き来がなにしろ少なかった。それで最短距離だろうと思われた航路しかなかったんだが、もしも、途中で休息できる島があり、そこに中継地点としての港でもあれば、今よりもっと行き来はしやすくなるだろう、ってことで話が合った。それからしばらくしてだな、アロさんが本当にそういう島を見つけたって連絡を寄越したのは」

「そんなに頻繁に連絡取り合ってたのか」

「いや、船があったら手紙よこすぐらいだ。俺はダーナスに戻って次の航海まで、船の手入れやら、次回の積荷、そんなことで陸仕事してた時だったんだが、ちょうどあっちから来た船があってな、手紙を預かってきてくれた」

「そうだったのか」


 シャンタルを連れて王都から洞窟を抜け、さらに小船で海を渡ったキノスでアロの船に同乗させてもらった。そこから西の港サガンへ行くまでの10日ほど、それから東へ行く船が出るまでの3日間に色々な話をした。その時に自分もそういうことを言っていたな、と思い出す。もっとも、口からでまかせに近かったのだが。


「そうか、それで途中に寄港地ができたってわけか」

「そうだ。やっと興味を持ったみたいだな」

「あんたのつまらん思い出話や、俺のこと根掘り葉掘り聞き出そうってのよりはよっぽど興味のある話だ。おかげでこっちまで旅が楽になりそうならな」

「もっともだ、かなり2つの神域の行き来は気楽になったと思う」

「いいことだな」


 素直にそう答える。


「そうだな。これまでは不思議なぐらい交流がなかった」

「ああ、そうだな」

「一体何が原因だったんだろうな」


 ディレンが疑問を口にする。


「さあな、俺には分からん」

「俺もだ。だがな、気になる話を一つ聞いた」

「なんだ?」


 ディレンが真面目な顔をしてトーヤをじっと見る。


「あの国、シャンタリオ、いや、シャンタルの神域全体に影響のある話だ」


 そう言ってさらにトーヤの目をじっと見つめる。


「なんだよ、もったいつけんなよ」


 心の中を覗かれぬよう、自分の瞳にディレンの瞳を映すように見つめ返す。


「あの国はシャンタルって生き神様が治めてる、これは聞いたことあるか?」

「ああ、ある。短い間だが行ってたこともあるしな」

「そうか。その生き神様がな、亡くなったそうだ」

「生き神っても人間だろうが、死ぬこともあるだろう」

「それがな、ありえない死に方だったそうだ」

「ありえない?」


 あくまで自分はあの国のことはほとんど何も知らない、そう言い聞かせながら、何も知らない人間が興味を持つような顔をして聞く。


「ああ、そうだ」

「どういうことだ?」

「生き神は十年で次の生き神に交代するわけなんだが、交代した途端に死んだんだそうだ」

「は?」


 自分は何も知らない、言ってる意味が分からない。


「普通はそういうことねえのか?」

「らしい」

「へえ、なんだかよく分からんが、まあ大変なこったな」

「ああ、世界の運命を変えるような出来事らしいぞ」

「へえ、そらまあ御大層なこった」


 わざとアホらしい、と言わんばかりの風に言う。


「世界が変わりつつあるのは、そのせいじゃないか、ってそのアロさんがな」

「へえ~」


 もっともっと自分には関係ない、何かの戯言たわごとだと言わんばかりに言う。


「なんだ、信じてないのか」

「さあなあ。まあ、そいつらは信じてるんだろうよ。信じる者は救われる、ってな」

「なるほどな」


 トーヤの返事が愉快でたまらない、という風にディレンが笑った。


「そんで、その神様が死んだから船が行き来できやすくなるのか? ってことは、その神様が邪魔してたってことか」

「さあなあ、俺もそこまでは分からん。それとな」


 ぐっと身を乗り出し、もう一度トーヤの目を見つめ直す。


「そのアロさんの言うところによると、その定期便の話をした男はアルディナに戻ったらしい。それで、そいつを知らないかと聞かれたんだよ」


 一つ息を吸い、続ける。


「そいつの名前な、トーヤっていうらしい。偶然だよな、おまえと同じ名前、聞くところによると年も同じらしい」

「へえ、そりゃまたえらい偶然だ!」

 

 トーヤはいかにも偶然に驚いたというていで、目を見開いてディレンの目を見つめ返した。

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