13 最悪の結論
「よく見てみろ」
『以下の者の身分を保証する・アルロス号船長ディレン』
「な、な、なんでこれが?」
「普通はな、ディレンって名前の後に肩書として船長とかなんとかって付けるんだよ」
「え、そうなの?」
「ああ、言われてみればそうだな」
アランも思い出したように言う。
トーヤもアランも、そしてシャンタルもベルもそうだが、戦場稼ぎをする者が、例えば国境を超えて移動が必要になった時などに、所属している軍に手形を出してもらうことがある。その時には所属の軍が裏書きをするのだが、その時に「軍の所属長○○」と書かれていた場合、原則としてその場、その戦闘の間だけ、のような暗黙の了解があるのだ。その形に見慣れているだけに気がついていなかった。
「ディレンって人間が保証して、その人間の所属を表すのになんとか号船長、とかって書くのが通常だ」
「え、え、だって、そんなん区別つけにくい」
「そうだ、だから特にどっちでも問題ないって場合が多い。だがな、裏書きした人間がそうじゃないって言ったらその場合はそうなる可能性がある」
「いーっ! きったねえ!」
ベルが腹立たしげに手形を敷物の上に投げつけた。
「いいおっさんだと思ってたのに、きたねえ!」
この嵐の中、一気に先行きが真っ暗になったように思えた。
一体どうすればいいのだろうか。
重い沈黙が場を支配する。
ぐらぐらと揺れているのは船か、それともトーヤたちの心か。
「俺のミスだ」
トーヤが淡々と言った。
「だから、俺が片を付ける」
何事も感じないように言う。
「片を付けるって、トーヤ」
ベルが船酔いのせいだけではないだろう、真っ青な顔でトーヤを見る。
「どうするつもりだ」
アランも表情なく言う。
「どうするもこうするも、やることは一つだろうよ」
ふざけるようにトーヤがそう言うと、
「だめだよ!」
ベルが遮るようにそう言った。
「だめだよ!」
「何がだめなんだよ」
同じ言葉を繰り返したベルにトーヤが聞く。
「だって、トーヤの世話んなった人なんだろ? だめだって、そんなの!」
「誰が相手でもな、なんとかしなきゃいけない時はあるんだ」
ベルが青い顔を一層青くしてトーヤに聞いた。
「それ、もしもおれが相手でもか?」
トーヤは少し考えたが、
「ああ、そうだ、おまえが相手でもな」
ベルの目をみつめて淀みなく言ってから、
「どうしても必要なら、な。だが絶対にそんなことにはならねえから安心しろ」
ふっと優しい目になって言う。
「俺が責任持ってなんとかする。だからおまえらは心配すんな」
「心配すんなって言ったってするにきまってんだろうが!」
ベルが青から赤に顔色を変えて言う。
「ここは戦場じゃねえんだぜ? そんなとこでトーヤが手を汚すって言ってんの、ほっとけるわけねえだろうが!」
「ああ、まったくだ」
アランも
「それやっちまったらただの人殺しになっちまう、だから俺がやる」
「兄貴!」
ベルが驚いて今度は兄を振り返る。
「なんでおまえだったらいいんだよ」
「トーヤがやると私怨になる」
アランがきっぱりと言う。
「トーヤは自分の責任だって言っただろ、自分の私的な失敗の責任を取るために世話になった人を手にかける、そりゃ個人的な理由、単なる殺人だ、違うか?」
トーヤは自分が面倒を見てきた教え子、アランの顔を正面からじっと見た。
「だけど俺ならあいつとなんの関わりもねえ。理由も私的な理由じゃなく、シャンタルをあっちに無事に届けるための仕事、これからやる仕事のためにやることだ、それでだめか?」
「それは俺も一緒だと思うが」
「いいや、違うな。トーヤは個人的な関わりが多過ぎる。だからな、俺が仕事として受ける。あっち行ったらたんまりはずんでもらう、それでどうだ?」
「アラン……」
トーヤは答えに窮した。
どう理屈をつけようとも、自分が幼い時から世話になったディレンを、自分たちの邪魔だから消そうとする、その事実に変わりはない。単にアランは自分の気持ちを楽にするために、変わって引き受けてやる、そう言ってるだけだ。
「兄貴……」
「そんな顔すんなって」
アランはベルの頭をいつものようにぐしゃっと掴む。
「俺はな、あの戦場で生き延びるためにそういう道を選んだ、だから仕事としてやることには、なんのためらいもないからな」
アランがディレンになんらかの手を下す、このままその方向に話が進もうとしているのかと思われたその時、
「う~ん一度会ってみようかな」
張り詰めた空気を壊したのはシャンタルののんびりした声であった。
「なんだと」
トーヤがきつい目でシャンタルを睨む。
「いや、私が話をしてみたらどうかな、って」
「会ってどうするつもりだ」
「会って話してみる」
「だから何をだ」
「それは会ってみないと分からないかなあ」
そう言ってにっこりと笑う。
「アランも、そんな怖い顔するのやめてさ、ね?」
言葉はアランにかけ、その手はベルを慰めるように、その頭にクシャッと置き、
「急いで結論を出さなくてもいいじゃない、ね? でも話をしたその結果、最悪の結論を出さないといけないとしたら、まあその時はよろしくね」
恐ろしいことをあっさりと口にした。
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