14 顕現

「そういうことだから、アラン、船長を呼んできてよ」

「え、い、今か!?」

「そう、善は急げ。それに嵐のうちがいいと思う。ね、トーヤ?」


 言われてもトーヤは黙ったまま動かない。


 いつもはぼおっと能天気にしか見えないシャンタルだが、時に心の内をえぐり出すように読んでみせる、そう思って動けずにいた。


「とにかく呼んできてよ。私とベルは奥様と侍女のままがいいから準備が終わったらね。ほら、ベル手伝って、侍女だろ?」


 ベルを引っ張って手伝わせ、上にシルクのストールやベールをかぶってすっかり姿を隠す。ベルも頭にストールをかぶり、目だけ出して、寝台に持たれるように座った。


 アランはトーヤの様子を伺うが、石のように動かないのを見て、そのまま部屋から出ていく。


 しばらくするとアランに連れられてディレンがやってきた。


「入って構いませんか?」

「どうぞ」


 ベルが侍女らしく答え、2人が部屋の中に入る。


 アランがカシャリと鍵をかけた音がして、ディレンがそちらに軽く視線を送った。


「なんでもお話があるとか」

「ええ、そこに座ってください」 


 ベルに示された場所に座る。


 いつもトーヤとアランがこの部屋に来た時に座るよう、敷物が敷いてある場所だ。寝っ転がってもいいように、そこそこ広い場所を取っているため、トーヤが座っている端の方から中に入ってベルの正面にあぐらをかいて座る。


「それで、どんなお話です?」


 シャンタルがベルに耳打ちをし、ベルが驚いた顔になる。


「どうされました?」


 ディレンが心配したようにベルに聞く。


「あの……」


 ベルはまだ口に出すのを考えていたようだが、少しして思い切ったように言う。


「あの、嵐の中であんな話をしたのは、死んでもいいと思ったからですか? とお尋ねです」


 ディレンが言葉もなく驚く。


「な……」


 アランも驚いて言葉をなくす。


 トーヤは石のように動かない。


「いかがですか、とお尋ねですが」

「それは……」


 ディレンが右手を頭の上に乗せ、ふうっと大きく息を吐いた。


「なんで、そういう風に思ったんですかな?」


 その話し方からは、まるでその通りである、と言っているようだ。


「あ、あの、嵐の中、海に放り込まれたら、誰にも知られずに死ぬことができるだろうから、と」


 聞いてディレンが大きな声で笑い出した。


「いやはや、まいったな」


 アランもベルも青い顔をして沈黙する中、ディレンが1人で大笑いする声が部屋に響く。

 

 トーヤは何も耳に入らないようにじっと動かず、見ずにいるかのようだ。


「それがお得意の託宣たくせんってやつですか」


 相手がシャンタルだと言っているというように、ずばりと聞く。


「いいえ、あなたを見ていてそう思いました、とおっしゃってます」


 ディレンが言葉無く、上から下まで布の海の下にいる、中の人を探るように見る。


「なんでそう思いました」


 もう一度聞くが、今度の聞いた内容は少し違うようだ。


 さっきは「どうしてそんなことを言い出したのか」と問い、今度は言ったことを認めた上で、その理由を知りたがっていた。


「あの、見れば分かる、と……」


 ベルも間で通訳に困っているように見える。


「見れば分かるって、そんなこと見て分かるもんですかな」


 楽しそうに、だがどこか悲しそうにそう言う。


「ええ、分かりますよ」

「え!」


 「奥様」が直接声をかけると立ち上がり、かぶっていたストールやベールをさらりと全部脱ぎ捨てた。


 ディレンの目の前に舞い降りたのは、褐色の肌、絹のように流れる長い銀の髪、そしてすべてを見通すような深い緑の瞳。見たこともない美しさ、だが……


「その声、もしかして、男?」

「ええ、はじめまして、シャンタルです」


 女神がにっこりと笑う。


「おま! 何やってんだよ!」


 侍女の衣装の中から、いきなり品も何もない言葉が飛び出す。


「何って船長と話をしようと思ってね。そちらが素直に全部見せてくれてるのに、私が隠れてちゃ不公平じゃない?」


 にこにこと笑って、ディレンの前に座り直す。


「こいつは……」


 目の前に現れた存在に、ディレンは何をどう言っていいのか分からない。


「それで、何が聞きたいの?」


 親しげに話しかけてくるのは、人というにはあまりにも美し過ぎる、まるで……


「精霊……」

「ありがとう、よく言われます」


 のほほんと、悪びれずにそう礼を言う。


「あんた……」 


 あまりにもこの場の雰囲気にそぐわない態度に、思わずディレンも力が抜ける。


「ごめんね、トーヤが嘘をついたみたいだけど、それ、私のためだから。悪気はなかったので許してもらえるとうれしいかな」

「本物か……」


 相手の言葉が耳に入っても頭に入ってこない。


「まさか、こんな存在がいるとはな……」

「うん、いるんです」


 そう言ってさらににこにこと笑う。


「ディレン」

「は、はい」


 思わず答えてしまう。


「あなた、本当にトーヤが大事なんだね、うれしいなあ。だって私もトーヤが大好きだから」


 無邪気に美しい顔が満面の笑みを作る。


「だけどね、誰のためだって、死んでもいいと思うのはよくないと思う。トーヤが大事だからって、殺されてもいいって思うのは正しいこととは思えないよ?」


 人ならぬ存在が、美しく微笑んだまま、再び恐ろしい言葉を口にした。

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