15 一発逆転

 ディレンが困り果てたような顔になり、


「なんでそんなこと思ったのか分かりませんが、まさかそんなことを」

「いいえ、見たら分かります」


 シャンタルが言い捨てる。


「トーヤだって分かったと思いますよ。だからああやって、バツが悪そうに何も言わずに座ってるんです。ねえトーヤ?」

「ああ……」


 言われて素直にトーヤが答え、アランとベル、そしてディレンも驚いた顔でトーヤを見る。


「部屋に入ってきた時に分かった……」

「な、なんで?」


 ベルがおろおろして聞く。


「鍵だ……」

「鍵?」

「ああ、アランが鍵をかけたのに止めなかった」

「それがなんで?」

「なるほどな、何があってもいい覚悟があったからか」


 最後の言葉は事情を理解したアランが引き取って言った。


「つまりな、鍵をかけた密室で、どうされようと構わない。そう思ったから俺が鍵をかけるのに気づいてながら知らん顔した。逃げるつもりなら阻止するだろ?」

「そういうことだ」


 トーヤが淡々と答えた。


「ふええええ、ほんとかよ、おっさん」

「な、おっさん……」


 ベルが、自分もこんなもんかぶってられるか、といわんばかりに乱暴にストールを剥ぎ取る。


「おれ、ベル、トーヤの仲間をやってます。そっちのアランはおれの兄貴」


 あまりの変わり身の早さにディレンが返す言葉をなくす。


「そんで、おっさん、それ本当? 殺されてもいいやと思って黙って座ったのか?」


 心配そうな顔でディレンを見上げるベルを見て、


「なあ、おまえの仲間ってのはこういうのばっかりなのか?」


 困ったようにトーヤに話しかけた。


「こういうのってなんだよ、おっさん」


 ベルが不満そうに言う。


「シャンタルが能天気なのはともかく、おれの疑問は当然だろ?」


 言われてみればそうかも知れないが、さっきまでのさよう、ございますの侍女のこの変容。まさか、あの中にこんな少女が入っていようとは、思ってもみなかった。


「それだけじゃないと思うよ」


 シャンタルがベルを向き直って言う。


「もしも、トーヤが私たちに脅されたりしてたら、命をかけても助けてやろう、そうも思ってたんだよ」

「トーヤがあ? おれたちに~ありえない~」


 ベルがブッと吹き出す。


「『死神』に怖いもんなんかねえって」

「死神?」

「傭兵仲間でトーヤは『死神』って呼ばれてたんだよ」


 物騒な言葉をさらっとベルが口にする。


「何しろ軍が全滅しても自分だけは絶対に生き残る。時には勝てないだろうと思った相手を全滅させて生き残る。強いだけじゃなく、何があっても1人だけ死神に見放されたように生き残るもんで、そう呼ばれるようになったらしいです」


 後ろから笑いながらアランが言う。


「やっぱりおまえ、物騒なやつだな」


 そう言いながらディレンがうれしそうに笑った。


「どうして?」

 

 シャンタルが銀の髪をさらりと流しながらディレンに聞く。


「どうして?」


 ディレンがそのまま聞き返す。


「ええ、どうしてそこまでトーヤが大事なのかな、って」

「だよなあ、こんなおっさん、いて!」


 黙ったまま、それでもいつものようにトーヤがベルを張り倒す。


「いってえなあ」

「誰がおっさんだ」

「だっておれより12も上じゃんかよ!」


 まだ固いものの、いつもに近い調子のやり取り。


「ああ、そういやベルが生まれた年にトーヤは12歳か」

「いらんことは言うな!」


 アランの言葉に嫌な気配を感じ、トーヤが慌てて止める。


「ああ、そういや12歳って」

「いらんことを言うな!」


 ディレンが同じことを言い出し、トーヤがギクリとした風に、ディレンにもそう言う。


「いらんことってなんだ?」


 ディレンは愉快そうにトーヤにそう聞いた。


「なんか分からんが、おまえらは碌なこと言い出しそうにないからだ!」


 聞いて、シャンタルがしゃらしゃらと髪を流しながら笑う。


「なんだか分からないけどおかしいね、楽しい。それで、どうしてそんなにトーヤが大事なの?」


 シャンタルが路線変更をしてくれたおかげで、「いらんこと」は言われずに済んだようだ。


「大事ねえ、こいつが……けど、言われてみりゃ大事だったんだろうなあ、だからこんな真似したんだろうな」


 斜めに笑いながら、ディレンが諦めたようにそう言って笑う。


「あんたが言うようにな、こいつに殺されるだろうと思ってここに座った」

「やっぱり?」

「それとな、あんたが言うように、こいつが困ってるなら助けてやりたい、そうも思った。もしも、自分の意志じゃなく、そうだな、例えば神様に命令されてやりたくもないことしてんのなら、とな」

「違ったでしょ?」


 そう言って美しく微笑む生き神に、ディレンが毒気を抜かれたように笑う。


「違うみたいだな」

「だったらどうするの?」

「どうするって……」


 その2つ以外には、正確にはほぼ1つ目以外のことは考えていなかったので困ったようだ。


「今は違うって分かったでしょ? 殺されないし、トーヤは困ってもない。さあ、どうしましょう?」


 からかうように言われ、思わず大きな声で笑う。


「こりゃ俺の負けだ。おまえ、変な仲間を持ったもんだ」


 トーヤは困ったような顔のまま、ディレンとは目を合わせない。


 なんとなく小さい子どもに戻ったみたいだ、とベルははたかれないように心の中でだけ思っていた。

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