16 大事な人
「ああ……なんか、気が抜けたな……」
ディレンが座っていた足を崩しながらそう言う。
「でもだめですよ、殺されるの覚悟なんて。それって、トーヤにひどいことをやらせるってことになるんですよ? っていうか、トーヤにそんなことさせられないから自分がやるってアランが言い出したんだけど、その意味分かってます?」
言われてハッとした顔になる。
「自分の終わりのことしか考えてなかったんでしょう?」
シャンタルがため息をつく。
「そうなのかも知れんな……」
言われて初めて気がついた気がする。
「そうか、そんなことを望んでたのか、俺……ってことは、おまえを大事って言いながら自分のことしか考えてなかったのか、すまなかったな……」
「ちがいますよ」
シャンタルが否定する。
「トーヤが大事で大事で、だから、信じてもらえなかったと思ってそちらの選択をしたんですよね」
ニッコリと笑う。
「なんなんだ、この神様は」
困ったように、泣きそうに笑う。
「なんだって言われても、それがそいつの特技だからな」
苦笑して、それでもあれから初めて、トーヤがまともにディレンに言葉をかけた。
「絶望したんでしょ、トーヤに心を開いてもらえなくて」
「そうみたいだ」
「だから、それはどうして?」
「どうして……」
ディレンが考える。
「おそらくだが、俺に残った最後のものがこいつだったから、かな」
トーヤに言っていたあれは本心なのだろう。
「それだけ大事だったんですね、ミーヤさんが」
「そうみたいだな」
苦しそうにディレンの顔が歪み。
「あいつ、ミーヤとは親子ほど年が違ったんだがな、なんだろうな、初めて会った時から惚れちまったみたいだ」
ディレンがぼつぼつと話をする。
「俺は、若い時に
「なんだよそりゃ!」
ベルが
「うまいこといってると思ってたんだけどなあ……それで、女なんてのは信じるもんじゃねえと思ってたんだが、あいつと出会っちまった。それでもな、認められなかったんだよ、場末の店の娼婦に本気で惚れた、なんてな」
思い出して苦笑する。
「だから、あくまで旦那として気にいってる、ずっとそんな風にしてたつもりだった。あいつに他にも旦那がいて、他にも客がいて、それを思うだけで狂うようだったんだがな、なんとも思ってないように店に通ってた。それでうまくいってると思ってたんだがなあ」
ふうっと息を吐く。
「それが、ある時突然、もう先がない、病気で命の期限を切られた、そう言ってな、笑ったんだよ」
「そんな……」
ベルが泣きそうな顔になった。
「俺がうまいこといってると思ってたことは、どれも本当はうまいこといってなかったんだよ。それで慌てた。あいつを身請けしよう、引き取ろうと思ったんだがな、金がなかった。おまえ、俺を羽振りのいい客だと思ってただろ?」
トーヤを振り返ってそう言う。
「そりゃそうだ、稼いだら稼いだだけ全部使っちまってたからな。船のやつらにも羽振りよく振る舞ってた。だから俺の船はいい感じに動いてたって部分もある。それでいいと思ってた。人間、いつどうなるか分からん、今だけ良けりゃいいってな。そんで慌てた、あいつを引き取れないと思ってな」
「それでか」
「ああ」
海賊船のことを言っているのだ。
「一発当てて、それであいつを引き取ってやろう、楽させてやろうと思ったんだが、だめだった。一発当てるどころか負けて戻って、荷の保障やらなんやらですってんてんだ。幸いにも腕がいいってので、雇ってもらえて、稼ぎ自体はそこそこ続けて入ることになったが、場末の娼婦一人、引き取ってやるほどの金もなかった」
4人は黙って船長の昔話を聞いていた。
「あいつは最後まで明るくてな、こいつの母親、エリス姉さんと同じ病気でよかった、そうまで言ってたよ。どうなるか分かる、いつまで元気でいられるか分かる、客に
トーヤをじっと見る。
「こいつのこと、トーヤの、息子のことだけは気にかかる、だから、俺に頼むってそう言ってな、初めて泣いたんだよ。こいつのことだけが心配だ、そう言ってな」
涙もろいベルがもうボロボロと涙を流していた。
「他にも旦那はいるが、こんなこと頼めるのはあんただけだ、誰にも何も言ってない。病気のことも、トーヤにもごまかせる間は言わないでくれ。そう言って泣いてた」
誰に向かって話しているのだろう。まるでディレンの前にミーヤが座っているような、そんな表情で続ける。
「だから約束したんだ、トーヤのことは任せておけってな。だけど、いざミーヤがいなくなったら、なんかもうそこから離れたい、忘れたい、そればーっかりでな、離れるっても少しの間、短い間だけ、って自分に言い聞かせるようにして、内海だからと言い訳して航海に出て、戻ったらもうこいつはいなかったんだ」
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