2 誘導

「その届けた香炉はどのようにして選ばれましたか?」

「それは、翌朝いつものお部屋に参りましたら、すでに準備がされておりました」

「準備が?」

「はい。ろうそくや香炉を数えたり磨いたりするテーブルの上に、青い香炉が一つだけ置いてありました」

「はい、それで、これを持って行くようにということだろうと、二人でお届けに上がりました」


 二人は懸命に自分たちは何も知らなかったと説明をする。


「それはいつ頃でしたか?」

「はい、仕事が始まってすぐのことでしたので、2つ目の鐘の少しばかり後かと」

「はい、そのぐらいだったと私も記憶をしております」

「どの侍女が来たか、分かりますか?」

「え、いえ……」

「あ、はい……」


 二人が叱られるのではないか、という風に顔を見合わせる。


「あの、その頃にはもう暗くて、灯りを持っていらっしゃらなかったので、お顔までは……」

「はい、私もお声を聞いたことしか」

「では、どのような声の人だったか覚えていますか?」

「あの、それも」

「はい、私も」


 二人が申し訳無さそうに小さくなる。


「では、顔も声も覚えていない、そういうことですね?」

「はい、申し訳ありません」

「申し訳ありません」


 揃って頭を下げる。


「いえ、責めているのではないのです。確認のためです、頭を上げてください」


 セルマに言われて二人の侍女がおずおずと頭を上げる。


「その侍女が誰か分かれば、お二人に疑いかかるようなことはないと思うのですが、何か少しでも覚えていらっしゃることはありませんか?」

「何か……」


 二人で一生懸命思い出そうとするが、ほとんど何も思い出せないようだ。


 それでいい、とセルマは思った。


 昨夜、二人にそう申し付けたのはセルマまであった。あえて薄暗くなり、灯りを持たずともおかしくはない時間帯、それでいて顔が分かりにくくなるたそがれ時を狙って二人の部屋を訪れたのだ。

 

 二人と同じ時に入った他の侍女見習いたちは大部屋に入っている。神具係に「抜擢」された二人にだけに、特別待遇としてさすがに個室は無理であったが、二人部屋を与えていたのだ。それをセルマは使えると思った。


 その時刻、少し扉を開いて部屋の中をのぞいて声をかけても、来た者の顔ははっきりとは見えないだろう。そして声も、少し低く潜めて、いつものセルマとは違う声音こわねを作っておいた。

 

 そして衣装も、取次役になる前に着ていた物をわざわざ出してきて身につけ、髪型も少しいつもとは変えておいた。思った通り、その姿で薄暗い、もうすぐ火が入る寸前の廊下を歩いていても、少し背を屈めて歩くだけで、すれ違った誰もがセルマとは気がつかなかった。


「では、衣装の色は覚えていませんか? それぐらいなら印象に残っておられませんか?」

「色、ですか」


 二人が顔を見合わせて思い出そうとする。


「はっきりとこの色、とまでなくともいいのです。例えば明るい色だったとか、暗い色だった、そのようなことは?」

「明るいか暗いか……」

「言われてみれば、あまり明るい色ではなかったと思います」

「では青いとか、お二人と同じ緑とか」

「いえ、そのような系統ではなかったかと」

「赤やピンク、オレンジは?」

「あまりそこまで明るい色ではなかったような……」

「黒はおりませんしね。黒は忌み事の色ですし」

「はい、黒ではなかったと思います」

「ええ、私も黒ではなかったと」

「紫、ではないですよね」

「はい、もしも紫の方なら、あの高貴の色を気がつかないはずがないと思います」

「私もです」


 セルマの質問に二人の少女が一生懸命答えていく。


「では、黄色、はそれほど暗い印象、でもないですよね」

「はい、黄色にも気がつくように思います」

「私もです」

「では、残る色とすると……」


 セルマはわざとゆっくりと時間をとり、考える振りをする。


「そうですね、茶系ということは」

「茶系……」

「茶色……」


 二人の少女が目を見合わせる。


「もしかしたら、茶系かも知れません」

「私もなんとなくそう思います」

「茶系ですか」


 セルマは心の中で軽く笑った。

 そうだ、茶色に持っていきたかったのだ。


 茶系は侍女頭付きの色だ。侍女頭の金と茶に合わせているのだろう。

 衣装の色は、自分の色と係の色を入れる者、一色にする者の両方があるが、役職がついた時に、全員が正式の色の衣装を一着は作ってある。

 セルマは係は違うが、以前は暗めの赤の衣装を着ていた。暗い中では茶系に見えないこともない。


「茶系、侍女頭付きの係の色です。キリエ殿の香炉が壊れたと伝えに来るには、おかしい色ではありません」


 セルマがそう言うと、二人の少女はホッとした表情を浮かべる。


「多分茶色であった、そういうことで構いませんか?」


 二人はおそるおそる顔を見合わせ、そしてゆっくりと頷いた。


「はい、おそらくはそのような色ではなかったかと」

「はい、確実にとは言えませんが、そのような色の系統であったような気はします」

 

 二人を交互にゆっくりと見て。


「分かりました。お二人が確実に茶色であったと言っていたとは申しません。ですが、その系統の色であったのではと思う、ということでよろしいですね」

「はい」

「はい」


 セルマの思惑通り「茶系の侍女が声をかけに来た」ということに定まった。

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