5 職人街 

「へえ、じゃあこの刺繍作ってるのは若いべっぴんさんたちだな、きっと。そんでカップの方はまあ、むさくるしい気難しそうな野郎が作ってるだろ?」


 その言葉にまた店主が声を上げて笑い、


「まあ、さような具合でございますね。ご興味がございましたら、すぐそこですし、行ってご覧になりますか?」

「そうか、行ってみようかな。どうせ船が出ねえなら暇だし」

「はいはい」


 そう言ってその場所、職人街の詳しい場所を教えてくれた。


「何しろまだ新しく小さい町のこと、すぐ目の前です」

「そうか、ありがとう。まだ時間があるみたいだし、また連れと一緒に顔出すよ」

「はい、ぜひとも。ありがとうございました」


 何回も頭を下げて見送られ、馬を引っ張り、土産物の袋を手にして職人街へ進む。


 見た目は他の家とそう変わりない造り、ごく普通の家が立ち並ぶ一角に足を踏み入れると、木を削るにおいがしてきた。ふわっと心地よい香りは香木でも削っているのだろうか。


 ひょいと覗いた一軒は、さっきトーヤが買ったのと同じカップを作っている工房だった。カップ以外にも色々と並んでいる。職人2人がひたすら木を削り、できたカップが木の箱に入れて置いてある。カップ以外にも木の食器、小物入れなど何種類もの品が置かれおり、それを木を削っているのとは別の、職人よりもうちょっと若い、小僧か見習いのような男の子が運んで、どうやら焼きごてで意匠を押していくようだ。


 その隣には何か布、ハンカチではなくもっと大きな敷物とかタペストリーを作っているらしい工房、編んだつるで小物を作る工房、という風に小さい工房が何軒も立ち並び、そのうちの一軒がさっきトーヤが買ったハンカチに刺繍をしている工房のようであった。

 のぞいてみると、思った通り若い娘が何人かでちくちくと刺繍をしている。なんとなく華やかな感じでうれしそうにトーヤが見ていると、気づいた一人が顔を上げ、目が合って急いで下を向いて作業に戻る。その恥ずかしそうな風情までいいなとにっこりしながら作業を見つめる。


「何してんだ」


 後ろからディレンに声をかけられた。


「目の保養だよ」


 振り返って聞く。


「そういうあんたは?」

「俺か? 俺も目の保養だ」

「うそつけ」


 トーヤは一応のようにそうは言うが、前のように胡散臭い目でディレンを見るわけではなかった。


「おまえがこっち来るの見えたんでな、どこに行くのかと来てみた」

「さようか」


 もう一度工房の方へ顔を向ける

 

「いいよなあ」


 はあっとため息をつきながらトーヤが言う。


「やっぱり若いかわいいお姉ちゃんはいいねえ」

「相変わらずだな」


 ディレンが声を上げて笑い、工房の中の少女たちが驚いてこっちを見る。


「あ、いや、すまん、続けてくれ」


 トーヤが慌てて謝ると、少女たちは顔を見合わせてから、また何事もなく作業に戻ってしまった。こういうのにも慣れているのかも知れない。


「なあ、出港はいつ頃になりそうだ?」

「多分2日後、明後日あさってかな」

「そうか」

「急ぐのか?」

「急ぐっても無理だろうが」

「そりゃまあそうだ」

 

 そうしてまた2人でもう少しの間少女たちの作業を見ていたが、そこを離れ、他の工房をちらちらと見ながら職人街を抜けた。


「そういや、まだなんも話してなかったな」


 ふと思いついたようにトーヤが言う。


「別に必要がなきゃ話さなくていいって言ったろうが」

「そう言ってたが、何をどう話した方がいいのかまだよく分からなくてな」

「そうか」

 

 トーヤが馬を引き、その隣に小柄なディレンが並んで歩きながらぼそぼそと話をする


「そういや、奥様と侍女のかたはどうしてる?」

「ああ、奥様はどこへ行こうと変わんねえよ」

「そうか、そうだな」


 思い出してディレンが笑う。


「侍女もそうだろ」

「まあな」


 そう答えるとまたディレンが笑った。


「あの嬢ちゃんは不思議な子だよなあ」

「え、奥様よりか?」

「奥様は別格だろうが、人の中ではあの子はいっとう変わってる気がする。兄貴の方は、自分が言ってるように普通だな。優秀ではありそうだが」

「アランは何教えてもすぐに身につけちまう優秀な弟子だよ」

「そうか」


 そのまま黙ってしばらく歩き、


「何をどう話すかってのは色々考えてからになるが、おそらく、あんたが思っているよりでっかい話だ。人がどうのこうのってのじゃない、どうしようもねえことに巻き込まれてると言えば巻き込まれてる」


 ディレンが固い顔でトーヤを見た。


「その意味では、あんたが言ってくれたこと、当たってる」


 ディレンが言ったこと、トーヤが「ややこしい運命に巻き込まれているのではないか」ということ、それは確かに当たっているということだ。


「ちらっと話したが、あっち行く船が沈んでな、俺だけが生き残った」


 初めて聞く事実にディレンが目をむいた。


「他のやつらはみんなあっちのある村の墓地で眠ってる。俺の、もう一つの故郷みたいになっちまった村だ」

「そうか」

「そうして生き残ったこと、あそこでは『忌むべき者』っつーてな、神様がなんかをやらせるために1人だけ生き残らせて己の運命を教えてるんだって言う。だから俺は『死神』なんて呼ばれるようになってんだよ、おそらく。まだ何かやることがあるんで、それが終わるまでは死ねないってことだ、多分な」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る