4 新天地
翌朝、言葉通り朝食を終えるとトーヤは町へ出てみた。
馬を借りて走ってみると、島の中のことと言ってもそれなりに距離はあったが、がんばれば町まで走ってでも行けないことはないと思われた。ずるずるの衣装のシャンタルとベルのことさえなければ、何か起きてもさほど問題はなさそうだ。衣装は大きな問題にはなるだろうが、それもいざとなれば荷物として担いで走り、町近くになって2人を梱包し直せばよかろう。
文字通り今の宿は山の中の一軒家で、町に出るまでは1人の人にも出会わず、町に入っていきなり建物と人が絵本のページをめくったように現れるという感じだ。
町の造りはリュセルスを意識しているように思えた。このあたりはアロのイメージで造っているのだろうか。たまに異国風、「中の国」やアルディナ風の建物がちらちら見えるが、それはあえてその部分を強調して人を呼ぶ、という計算の上でそうしてあるのだろう。
今ベルが着ているような、「中の国」の侍女風の衣装の飲み屋の女性が店の前で朝から手を振っているのは、泊りがけで飲んでいた客を見送っているのだろうか。
アルディナ的工芸品は、あちらから帰ってきて土産物として購入されるのかも。
そんなことを考えながら、馬を引いてゆっくりと町を見て回る。
船が出る予定がなくなったからだろうか、のんびりと町を見て回っている者が多い。同じ船でやってきた者が多く、トーヤのことを「奥様の護衛」と認識してちらっと見たり、会釈する者もいる。
トーヤは買い物を装って色々な店を見て回りながら、この町の情報を集めていた。
「よう、このハンカチ、刺繍はこの種類しかないのか?」
「いらっしゃいませ。いえ、そちらの蝶の模様の他にこちらの花や、この町の意匠のものもございますよ」
「ほう、この町の意匠か、見せてくれ、土産にちょうどいい」
「はいはい」
言われて出されたハンカチには、島の中に文字を崩した意匠のようなものが描かれている。
「これがこの島の意匠か、どういう意味があるんだ?」
「はい、この島の名前『リル島』の頭文字、それを花のような意匠にして島を意味する型の中に入っております」
トーヤは心の中で吹き出した。
(あの親父、ちゃっかり娘の名前を島につけてやがる)
「どうされました?」
トーヤの顔が緩むのを感じたのか、店主が聞いてくる。
「いや、かわいい女の子みたいな名前だなと思って」
「ああ、それはこの島を発見された方の娘さんの名前だそうですよ」
「そうか、やっぱり女の子の名前か」
「はい、なんでもシャンタル宮の侍女をやっていらっしゃる、それはそれは美しく賢い娘さんだとか」
「ほう、そんなべっぴんか。あっち行ったら会ってみたいな、会えるかな?」
「それはいかがでしょうねえ、何しろシャンタル宮は神聖な場所、一般人が簡単に入れる場所ではありませんし」
「そうか、そりゃ残念だ」
そう言ってそのハンカチを10枚購入した。
「これはこれはまたたくさん買っていただき、ありがとうございます」
「どっちの神域でもいい土産になりそうだからなあ。まだこの島のことを知らん人間も多そうだし、話のタネになりそうだ」
「はい、そうなって、もっともっとこの島のことを知っていただけるとうれしいです」
店主に代金を渡し、
「そういや、これはべっぴんさん向けの土産だな、気はすすまねえが、野郎用のはないのか?」
トーヤの言葉に店主は笑いながら、
「ございますとも、少々お待ちください」
そう言ってゴソゴソと箱を取り出した。
「これなどいかがでしょう」
取り出したのは取っ手が付いた木のカップ、ハンカチと同じ意匠を焼きごてで焼き付けているらしい。
「へえ、これもいいな」
値段を聞くとハンカチと同じぐらいだったので、これも10個買っておく。
「これはこれはまたたくさん、ありがとうございます。お持ち運びしやすいよう、そちらも一緒に手提げの袋に入れておきます」
「おう、じゃあ2枚だけ出しといてくれ」
「分かりました」
ハンカチ8枚を店主に渡すと、店主は店の者を呼んで包むように言い付けた。
「そういや、この町はまだできて新しいんだろ?親父さんはどこから来たんだ?なんでまたこの島に来た?」
代金とちょっとした心付けを渡しながらさりげなく聞く。
「ありがとうございます。私は、元々はシャンタリオの王都、リュセルスのはずれで小間物屋をやっておりました。アロさんと少々知り合いでしてな、店を息子夫婦に譲って暇にしていたところに、こんなことをやってみないかと声をかけられまして、面白そうだとやってまいりました。古女房と2人で」
「おお、そりゃまた思い切ったもんだ、冒険者だな、尊敬するよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、この町はその王都の人が多いのか?」
「さようでございますねえ、私のようにしてやってきた者もおりますし、もっと地方から、一花咲かせようとやってきた者も多いようでございますよ」
「へえ」
店主の話によると、ここの土産物もそんな者たちが作っていて、職人ばかりが集まる一画もあるという。アロたちに声をかけられ、新天地で心機一転と考えた者もたくさん移り住んでいるようだ。
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