13 惑わされる

「それで、マユリアのその光と空気が変わった、そうおっしゃるんですね」


 トーヤは少し厳しい目をしてからミーヤに視線を移した。


「ああ」

「あの、私にはどこがどうなのかさっぱり分かりません。でも、アランさんやベルさん、それからエリス様もそう感じていらっしゃるのでしょうか? そんなに皆さんに分かるようなものなのですか?」

「アランとベルはこっち来て初めて会ったから、どう変わったかは分からんよな」

「あ、そうでした」


 ミーヤが思い出したようにそう言って、右手を口に当てた。


「なんでしょう、ずっと前から一緒にいたような、そんな感じがしてしまっていて」

「そうか、そりゃよかった」


 トーヤが楽しそうに笑う。


「けどまあ、どういう感じに見えるかは聞いてみてもいいかもな。アラン、どうだ?」

「俺はあれだよ」


 アランが何かを思い出したように、なんとも言えない顔で続ける。


「どっちが初めて会った時って言っていいか分からんから困ってる」

「ああ、そういや」

「そうだった」


 トーヤとベルが思い出して吹き出す。


「笑いこっちゃねえからな!」


 アランが珍しく感情的に声を荒げた。


「え、あの?」


 意味がわからないミーヤが困ったような顔になるのに、トーヤが笑いながら説明をする。


「そんなことが……」


 聞いてミーヤが絶句した。


「まあ、そういうことがあったんだよ」


 当代の次代様に対する託宣のことは聞いていた。普通の人ならば到底信じられないような話だが、ミーヤは八年前に色々なことを見て、聞いて、経験しているだけに、すぐに信じた。だが、アランに対して練習として人体実験をした話は初めて聞いたのだ。


「そういうこと、じゃねえよ!」

「まあまあ、だけどそれ、ちょうどよかったじゃねえかよ」

「何がだよ!」

「おまえが最初に見た夢の中のマユリアな、それはこいつが前に見てたマユリアだよ。そんで、初めて会った時におまえが実際に見たマユリアな、それが今のマユリアだ」

「あ……」


 言われて腑に落ちた顔になる。


「どうだった?」

「ちょっと待て、思い出す。嫌だけどな」


 そう聞いてまたトーヤが笑う。


 アランは思い出そうとしていた。2つの初対面の印象を。


 椅子に深く座り直してリラックスした体勢になる。

 そうしてじっと目を閉じ、思い出す。


 一番最初、頭の中に飛び込んできたあの応接のソファのマユリア。


「なんだろう……」


 頭の中に浮かんできた夢の中の女を見ながら話し始める。


「すごくきれいだ……」


 まず最初の感想としてはそれ以外あるまい。


「きれいだ、何もかも……なんだろう、神聖な、ああ女神だ、それしか思えねえ……なんて、なんてきれいな……」


 頭の中に送り込まれたマユリアを思い出す。美しい女神が美しく微笑む。


「ああ、そういえば」


 エリス様ことシャンタルが、ふっと思い出すように口を開いた。


「清らかすぎて迂闊に手が出せる女じゃない」

「へ?」

「アラン、そう思ってたなあって」

「おい!」

「えっと、他には」

「やめー!」


 アランが息を切らしながらシャンタルを止める。


「どうだったか手伝おうと思ってたのに」

「いや、いいから! そういうのいいから!」


 あの時、自分の中に入ったシャンタルに全部思考を読まれていたのかと思うと、窓から外に飛び降りて逃げてしまいたいぐらいの気持ちになる。


「兄貴……」


 ベルがなんとなく嫌そうな目でアランを見る。


「な、なんだよおまえ! なんかトーヤ見る時みたいな目してこっち見んなよ!」

「おい! 人のこと巻き込むな!」


 トーヤも慌てる。

 

「しゃあないだろう、事実なんだから」

 

 アランが自分だけ痛い目を見るのはまっぴら、とそう言った。


「あ、あの……」


 トーヤがゆっくりとミーヤを伺うと、この状況ではそれどころではないのか、真剣な目をしてアランを見ている。よかった、助かった……


「だ、だからだな!」


 急いでトーヤが話を変える。


「多分それが、俺も思ってた前のマユリアだ。んで、この間会った初対面はどうだった?」

「あ、ああ」

 

 さすがアラン、すぐに路線を戻して思い出そうとする。


「やっぱきれいだ……」


 ほおっとため息をつくようにする。


「あの部屋に入って、これはあの夢の中で見た光景と同じだ、そう思った。違うのはあのソファに夢の中の女が座っていない、そこだけだ。そう思ってたらな、来たんだよ、実物が」


 もう一度目を閉じて思い出す。


「ああ、夢のまんまだ、そう思ったな。夢が現実になるってこんな感じなのか、そう思った」


 そして目を開けて、


「そんな変わった感じなかったように思うがなあ」

「そうか」

「ああ。ただもう見惚みとれるだけだ。それ以外にできることがある人間なんているのか、あれ?」

「おれ、おれもそうだった! おれも美人なんてシャンタルで見慣れてる、そう思ったけど見てもう息が止まるかと思った」

「よな? ただもうひたすらきれいだとしか。そんで……あ? あれ?」

「ん、どうした?」

「いや、なんかちょっと違う」


 アランが困ったような顔になる。


「どう違う?」

「なんだろう。夢の中ではとても触れないほど、恐ろしいほどきれいだと思ったけど。実際に会った時は、そうだ、惑わされるような、頭にぼおっと血がのぼるような、そんな気がした」

「やっぱりか」


 トーヤが納得した顔になる。

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