12 光と空気

「そんなこと……まさか、ええ、そんなこと……」


 ミーヤはどうしてもそんなことが信じられない、という顔でそう繰り返す。


「けどな、今この宮で一番力を持ってるのは誰だ? 前はキリエさんの下で統率取れてたよな。もちろん、シャンタルとマユリアは別格だが」


 トーヤが言い聞かせるようにミーヤに言う。


「今はセルマって取次役が一番デカイ顔して、そんでその後ろ盾がヤギひげの神官長だろう?」

「…………」


 もうミーヤには返事をすることができない。


「前からその機会を狙ってたのか、それとも何かのきっかけでそう思いついたのかは知らんが、少なくとも神殿が宮を下に置いてやろうって意図が嫌ってほど見える」

「トーヤの、言う通りのように思います……」


 ミーヤもさすがに認めるしかない。


「ずっと宮より上に立ってやろう、そう思ったようには思えないがなあ」


 アランがそう言う。


「俺もだ。あのヤギひげに、なんもなしでそんなことやってやろう、なんて思いつけそうな気がしねえ」

「ってことは、やっぱり先代の死からか? 宮がその衝撃から立ち直れないうちに、そうしてやろうって気になった?」

「だけ、とはなあ」


 トーヤがまた考える。


「おまえ、そういう状態になったらいきなりそんなこと思いつくか?」

「どうだろうなあ」


 トーヤにそう聞かれてアランが少し考えるが、


「いや、なかなかそうは思えねえ」

「なんでだ?」

「だってな、もしもそんなこと思いついて、そんで見つかったらえらい目に合いそうだ。何しろ女の集団ってのはこええからなあ」


 聞いてトーヤが吹き出してから、


「ああ、まったくな」


 そう言った。


「まあ、それは冗談としても、二千年もその形だったもんを、思いつきでそう簡単にひっくり返そうとするようには、あの神官長は見えねえんだよ」

「ええ、神官長は何よりも何事もなく平穏無事を祈るような、そのような方に見えました」

「だろ?」

「はい」

「だからな、やっぱり背後に誰かいるんだよ。そいつに力もらってそういう風に動いたように俺は思う」

「背後に……」

「誰か心当たりあるか?」

「心当たりになるかどうかは分かりませんが」


 ミーヤは頭に浮かんだ人の名前を口にするかどうか、少しだけためらったが、思い切って言った。


「毎日のように、皇太子殿下が神官長に使者を遣わせたり、ご自分のところに呼ばれたりしてらっしゃるようです」

「ほう」


 言ってトーヤが仕方がないな、という顔になる。


「それはあれだろ、またマユリアの取り合いだろ」

「ええ」

「そりゃ八年経ってもあの美しさじゃな、どっちも諦めんだろうな」

「ええ……」

「なんつーか、前よりまたちょっと違ったきれいさになってるよな」

「えっ、そうなのですか?」

「ああ、なんつーか艶が出た感じだ」

「艶?」

「うーん、なんて言っていいのかねえ」


 トーヤが少し頭をひねる。


「説明がむずかしいんだが、女ってそういうことがあるんだよな」

「え?」

「あんたも俺がどこでどう育ったか知ってるだろ?」

「ええ」


 トーヤは母が働いていた娼館で生まれ、4歳の時に母を亡くして一度は追い出されそうになったところを、今度は母の妹分のミーヤやその姉妹分のおかげでなんとかその片隅に置いてもらえ、そうして生き延びることができた。半分以上はそのあたり、道端で浮浪児と一緒になって生きてきたようなものだが、それでも一応戻る場所としてその娼館が棲家であった。


「だからな、なんつーか、ちびの頃から色々と女は見てきてるんだよ。母親のことはさすがにそういうことまで分からんがな。顔もよく覚えてねえし」

「そうなのですか」

「ああ。なんせ死んだのは4歳だったしな。ただ、ミーヤは俺のこと、姉さんによく似てるって言ってたな。男と女の違いはあるだろうが、なんとなくあっちこっち似てるらしい」


 トーヤは複雑な顔で少しだけ笑みを浮かべる。


「まあな、そんな環境で育ったから、なんとなくそういうの見てきてんだよ」

「そういうの?」

「ああ、なんとなく女が変わる、みたいなな」

「よく分かりません」


 ミーヤが戸惑った表情になる。


「そりゃそうだろ、宮にいる侍女にそんなことが分かったら怖いって」


 トーヤは優しそうな顔で笑う。なんとなくホッとしたような笑顔であった。


「マユリアは美しい」


 きっぱりと言い切る。


「正直、今まで見てきた女の中で一番のべっぴんだ。そりゃもうびっくりするぐらい。そんで皮肉なことに二番目がシャンタルな」


 そう言って笑ったので、他の3人も一緒に笑う。言われた本人は絹のベールの下にいるので分からないが、なんとなく笑った気がした。


「それは顔かたちやスタイルだけじゃねえ、生まれ育ちによる環境による気品とか、まあいろんなもんがあるんだが、一番それを感じさせられるのは、なんてーのかな、身の内から出てくる光みたいな、空気みたいなそんなもんだ」

「光か空気ですか」

「そうだ。後光が差すってのかな、そういうの」

「それならなんとなく分かる気がします」

「あるだろ?」

「ええ」

「それがな、この2人は神様だけあって別格なんだ。それでいくと当代シャンタルは見目形みめかたちは麗しいんだが、それがない。普通の人間の美少女だ」

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