19 運命の人
「ああ、それか」
さっき「奥様」がみんなに配った手提げ袋、もちろん船長のディレンももらっていた。
「何が入ってるのかと思ったら、そのハンカチとこのカップと」
と、水を入れてきたカップを掲げて見せる。
「それからなんだ、これは、菓子に木の実に、干した果実か」
「うん、いいだろ、子どものおやつにも酒のつまみにもなる」
ベルがさっき浮かんだ涙が嘘のようににっこりと笑う。
「まあ、まだあるから、ちびどもになんかはまた配ってもいいよな」
「そうだね、おいしいね、これ」
シャンタルが寝台にゆったりと寝そべりながら、ちびちびと干し果実をつまんでいる。
「神様の食事風景か……初めて見たな」
「そう? 案外普通だよ?」
美しさがこぼれるような笑みを浮かべながら、また今度は木の実を口に放り込む。
「で、その運命の相手だけどさ、どうやって決めるの?」
「決めるって、おまえ」
ベルの、ぶつけてくるような率直な質問には、いつも困らせられているように思う。
「そういうのは決めるもんじゃねえんだよ、決まるんだよ」
「決まる? 自分で決めるんじゃねえの?」
「そうできりゃ簡単なんだろうけどなあ」
ディレンがベルの頭をガシガシと掴んで笑いながらそう言う。
「なんだよーおっさんもそれするのかよ」
「それ?」
「おれの頭だよ、みんなしてガシガシガシガシ撫でまくってさ」
ぷうっとふくれた顔で言う。
「そうか、みんなするのか」
ディレンが声を潜めたまま笑う。
「そりゃおまえ、それはおまえの頭の運命だな」
「運命~?」
ベルがむうっと目や口を鼻に集めたような顔になる。
「あ、私はしないよ? せっかくきれいな髪なのにグシャグシャにしたらもったいないじゃない」
と、それこそ流れる絹のようなきらめく銀髪を持つ元女神が言う。
「シャンタルだけだよーそう言ってくれんのさ」
「だってきれいな茶色いふわっとした、まるで夕方の雲みたいな髪だもの。まあ、グシャグシャになったのもかわいいけどね」
2人の会話を聞いてディレンが笑った。
「なるほど、こりゃ兄貴が心配するのもしょうがねえかな」
「なにだがよー」
「おまえら、やたらと仲がいいからだよ」
「だって、こんなの今に始まったもんじゃねえぜ? 知り合った頃からだからもう3年ずっとこんななのに、いまさら急に、なあ?」
「だよねえ?」
「なー?」
と、2人で首を傾げあって言い合うのも息がぴったりで、最初から対で作られたような2人にディレンがさらに笑った。
「おまえらも運命の相手じゃねえのか?」
「それなんだよ!」
ベルが、右手の人差指をピッとディレンに突きつけて言う。
「そもそも、運命の相手って、何?」
「おいおい、そこからかよ」
「だって、たとえば誰かを好きになったとするだろ?それって全部運命の人なんじゃねえの?」
「なんか、深いこと言い出したな、おい」
「違うの?」
ふうむ、とベルが腕組みをして続ける。
「言うの悪いけどさ、おっさんの奥さん、逃げた奥さんな」
「そこ強調すんなよ」
「いや、これ大事だから。まあ逃げた奥さんだよ」
「分かった。逃げた女房がどうした?」
「その奥さんだって、おっさんだってさ、最初は運命の人だと思ったから結婚したわけじゃん? 最初から別れる予定で一緒になったんじゃねえだろ?」
「そりゃまあそうかな」
「だろ? だったらさ、その最初の運命の人ってのはなんだ?」
「なんだと言われてもな」
ディレンが苦笑する。
「それ、運命の相手を間違えたわけ?それともその人も運命の人だったけど、期限切れみたいになって交代したのか?」
「期限切れって、おまえ」
ベルの発想に、ディレンは自分の心の傷を癒やされるような気がした。
「そうか、そういうのもあるのか、運命の人ってのは」
「いや、じゃなくてだな、おっさんの場合はどうだったのかおれが聞いてんだよ」
「でもな、おまえが言ったことが案外本当なのかもなと思ったぞ。少なくとも、おまえに期限切れだって言われて俺はなんて言うのかな、救われた気がした」
「へ? なんで?」
「だってな」
ディレンはもう一度ベルの頭に手を乗せると、今度はゆっくりと撫でながら。
「期限切れが原因なら、俺も女房も悪かったわけじゃない、そういうもんだったんだって思えたからな」
「そうなのか?」
「ああ、少なくとも、今まで俺にそう言ってくれた人はなかった。すごく気持ちが楽になった、ありがとな」
「そう? だったらいいけどさ、でも不思議だよなあ」
褒められても納得できないという風に、ベルがまた顔をしかめる。
「どっちも運命の人だったのかも知れないよ」
変わらぬ風に、つまみをつまみながらシャンタルが言う。
「最初の運命の人と出会ったから、ディレンはもう一人の運命の人と出会ったんだよ。もしも、その奥さんと出会ってなくて、他の人と結婚して、ずっと幸せな生活だったらミーヤと出会ってなかったかも知れない。それって運命が変わってしまうってことだからね」
ディレンはギョッとした顔でシャンタルを見る。
「そうなったらディレンは今ここにはいないかも知れない。運命というのは、人が思うよりずっとずっと複雑で、そして結構単純なものかも知れないね」
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