20 待ち受ける運命
船が島を出発した夜、その一夜は楽しく、そして幸せな時間として過ぎた。
そしてその後も、船員たちがそれこそまた「幸運の女神の乗船」を何度も口にするほど穏やかで、今まで経験したことがないほど平和な旅だったとして、後々まで何度も口にするほど静かに船は目的地に向かって進んでいった。
そうして船は静かに進み続け、「シャンタルの神域」の西の端の港「サガン」まで残り1日か2日となった。
「本当に後半は穏やかだったよなあ」
いつものように、甲板の手すりにもたれてトーヤがディレンに言う。最初は話しかけられるのが不愉快で険悪になっていたが、今は日課のようになんだかんだとここで話をするようになっていた。
「本当だな、あの嵐が嘘のようだ」
ディレンの言う嵐とは、海の嵐だけではあるまい。
「もうすぐサガンだな。そういや前に行った時はどこで嵐に遭ったって?」
「おそらくもうちょい先だな。俺はあの頃はどこがどうとか分からなかったが、なんでサガンに寄らなかったんだろうな」
「ああ、そりゃあれだろ、ああいう船だからだろ」
トーヤが乗って嵐に遭ったのはいわゆる海賊船だ。
「けどどこの港に着いても同じなんじゃねえの?」
「サガンはそういうのには割ときびしいんだよ」
「というか、どこの港もきびしくしとけよな」
「そりゃそうだが」
聞いて少し笑ってディレンが続ける。
「あそこは東と西の境界みたいなもんなんでな、特にきびしい」
「そうか? あそこから乗った時はそんなん感じなかったぞ?」
「ちゃんとした手形があったんじゃねえか? かなりきっちりした」
「ああ」
あの時トーヤが持っていた手形には、大商会であるオーサ商会のアロの裏書きと、それから宮の隊長職にあるルギの裏書きがあった。
「そうか、大商会と一応宮のお墨付きみたいなもんがあったからかな」
「えらい手形持ってたんもんだな、そりゃ世界のどこ行っても通用する」
「なるほど」
「それは今どうしてる?」
「一応持ってはいるが、隠れて入るから使えねえだろ」
「そりゃそうか。だからまあ、前はすんなり出られたし、『ナーダス』にもすんなり入れたんだよ」
「なるほどな」
昔ディレンが乗っていたのはほぼ内海を行き来するものであったし、それ以外で外海に出ていく船でも、トーヤが乗ったような海賊船では境界にある港に出入りはできなかったのだろう。
「あの時、もしもサガンに寄ってたら、嵐に遭わずにあいつらも助かったかも知れねえのにな」
ふと、トーヤが口にすると、
「それが運命ってやつなんだろうなあ」
ディレンがぼそっと言った。
「あんたらしくないこと言うな」
「そうか? けど、そういうもんなんだろうなってな」
ディレンがトーヤを見ずに続ける。
「あの方がな」
最近、ディレンはシャンタルを「あの方」と呼ぶようになった。今演じている「奥様」ではなく。
「ミーヤも、最初の女房も、俺の運命の人だったんだろう、ってな」
「ほう」
「それと、運命というのは思った以上に複雑でそして単純だともな」
「へえ、あいつが言いそうなこった」
トーヤが小さく笑った。
「嬢ちゃんがな、俺の女房とは運命が期限切れだったって言ったんだよ」
「へえ」
「なんかな、それ聞いたらすごく気持ちが楽になったんだ」
「へえ~」
「俺は自分が間違えたことをしたからあいつと切れた、ずっとそう思ってたんだが、それがあったからミーヤと会えた、その後あの方がそう言ってな、そんで、ああ、そうなのかと思った」
「あの2人が言いそうなこったな」
トーヤが今度は声を上げて笑った。
「俺は、運命というのは見えない目的地に向かって歩くようなもんだと言われたな」
「あの方にか?」
「いや、その母親みたいな人にだ」
「ほう」
「まあ、それが本当かどうかは分からんが、そういう面もあるんだろうなと思った」
「ふむ」
「だからな、俺が苦労してんのに、そこまでは間違えてませんよ~って分かった時になってやっと、それでいいって言ってくれんだよ。そんで、もしも間違えてた時はもうなんも教えてくれない」
「なんだそりゃ」
「とりあえず、俺があっち戻るまでの道は間違えてなかったらしいんだが、今が間違えてないかどうかはもう分からん」
船の進む方向に顔を向け、海風を受けてトーヤが気持ちよさそうに目をつぶる。
「だからな、間違えても教えてはもらえないんなら、自分が思った方に進むしかねえんだよな、結局人間ってのは」
「そうだな」
「だからまあ、俺は俺の思った通りにやるしかねえんだよ。この先に何が待ってようとな」
「そうか」
「前に来た時、嵐の少し前に虹を見た」
トーヤが思いを馳せるように遠くを見る。
「水平線にかかった雲から輝くように虹が出ててな、すごく幸先がいいと思ったら、そのすぐ後だ、この世のものとも思えねえ嵐に巻き込まれてな、海に放り出された」
ディレンが黙って話を聞く。
「ああ、もう死ぬかも知れないなと思ったんだが、不思議と怖くはなかった。死にたくないなとは思ったが、自分の人生思ったら、どっかでそれもしょうがねえのかなとも思った。そんで、次に目を覚ましたら、豪華な宮殿の中だった。そっちの方が意味が分からなくてよっぽど怖かったな」
そう言ってトーヤが高らかに笑った。
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