18 ひそひそ話

 部屋に戻って梱包を解き、部屋着でゆっくりしていたシャンタルとベルだが、部屋の前に誰かがドカッと座る気配を感じた。


 アランかトーヤなら声をかけて入ってくるはずだ。ベルがシャンタルに目配せをすると、頭からストールをかぶってそっと扉の隙間から外を覗いた。


「船長……です」


 一応外に他に誰かいた時のために、作った声で奥にそう言った。


「入っていただきなさい、だそうです」

「おや、よろしいのですかな」

「ええ、どうぞ」


 誰も見る者もいないが、一応そうしてやり取りをしてからディレンが室内へと入っていく。


「おっさん、どうしたんだよ」


 まだ侍女の衣装のままそう言うベルに、ディレンが楽しそうに笑った。


「相変わらずの変わり身の早さだ」

「おっさん相手にお上品にしてもしゃあねえだろ、そんでどした?」

「いや、単にあいつらの代わりに番しに来ただけだ」

「あ、そう。ちょうどよかった、一緒にいてもらった方がおれたちも助かる」

「ん、なんかあったのか?」


 ディレンが少し心配そうな顔をする。


「なんもないんだけど、兄貴がなあ……」

「兄貴がどうした」

「おれとシャンタルが2人でいるとうるさくてうるさくて……」

「なんだそりゃ」

「年頃の男女が2人っきりで部屋の中にいてはいけません~、ってさ、どこのおばはんだってぐらい、やいのやいのなんだよ」


 聞いてディレンが声を上げて笑った。


「しっ! 一応ここは奥様の客室なんだからな、ひそひそ話で頼むぜ」

「わかった」


 言われてディレンが声を潜めて少し静かに笑う。


「兄貴は前からそんなうるさかったのか?」

「いんや、全然」


 ベルがストールを被ったままふるふると首を振る。ストールを留めている金属の輪に付いている飾りが動きに合わせてシャラシャラと鳴った。


「うるせえな」


 そう言うなりばさっと、それこそ上品さのかけらもなくばさっとストールを脱ぎ捨てる。


「とにかくな、最近だようるさくなったのは。こっち向かって走り出してからだ」

「ほう、なんか心当たりあるか?」

「うーん……」


 ベルは少し考える。


 実は心当たりはある。


 アランとベルがどうするか選んだあの時、アランが話のついでのようにベルに、


「おまえ、トーヤが好きだろ」


 そう言い出し、そこからベルが自分の気持ちを整理したら、父親に恋する娘のような初恋だったと気づいた、そう落ち着いてからだったと思う。


 だが、そんなことをアラン以外の誰にも言うつもりはない。相手のトーヤにも、仲間のシャンタルにも。ましてや会ったばかりのディレンに言うつもりなど、欠片もない。


「わっかんねえなあ」


 知らん顔でそう言う。


「そうか、心当たりはないか」

「うん、ない」


 そう言って思い切り上下に首を振る。


「あるとしたら」

「うん、あるとしたら?」

「おれの魅力に兄貴が急に気づいたってことかな?」


 聞いて、ディレンが声を潜めながら腹を抱えて笑った。


「なんだよーおかしいかよ?」


 ベルがぶんむくれた顔になる。


「いやいや、おまえ、面白いな」

「うん、ベルは面白くて楽しいでしょ?」


 シャンタルが、自分が褒められたかのようにニコニコ顔でそう言う。


「アランもトーヤも面白いけど、面白さで言うとやっぱり一番はベルだと思う」


 きっぱりと言う神様にディレンも同意する。


「この嬢ちゃんはなんか特別な人間って気がするな」

「そうでしょ?」


 2人がお互いに頷き合う。


「おれは普通の人間じゃん。シャンタルこそ変な生き物だし」

「生き物」


 聞いて言われた本人がプッと吹き出す。


「おっさんはなんでトーヤなんかをそんな追っかけたがるか分かんねえな。かわいい女の子とかなら分かるけどな」

「まあ確かにそういうかわいさはないな、というか、かわいい女の子なら分かるって、おまえはトーヤか」


 こちらもプッと吹き出す。


「トーヤなあ、あいつ、本当に女好きだよな。なあ、昔からそうなのか?」

「あ~そうだな、まあ大好きだな」

「やっぱりなー」


 ベルが呆れたようにはあっと息をつく。


「おれ、最近知ったんだけどな、おれとシャンタル置いて兄貴と2人で『そういうお店』にも行ってるらしい」

「そういうお店?」

「かわいいお姉ちゃんがいて、なんやかんやしてくれるお店だよ」

「ああ」

「でもな、おっさんだってミーヤさんの旦那だったんだもんな。男ってさ、なーんでそうなの?」

「いや、そう聞かれても」


 思わぬ方向に話が進みそうで、ディレンはトーヤの言っていた意味が少し分かった気がした。


「そ、そうだな、俺の場合は、言ったと思うが、ミーヤに出会うまではもう女は信じないと思ってたからな。だからまあ、そういうところで知り合った女と懇意にしてたってことだ」

「ふうん」


 ベルが無遠慮にディレンをじろじろ見る。


「そんで、運命の人と出会ってからは一筋だった?」

「ああ」


 それだけはきっぱりと言える。


「運命の人がいなくなってからは?」

「ああ」


 それもきっぱりと言える。


「なかった。もうどの女にもそういう気になれなくてな」

「おっさん……」


 涙もろいベルがうるうると涙を浮かべる。


「ちょ、ちょい待ち、おまえ、ハンカチ持ってるか?」

「あ、ある、トーヤがくれたあの島の土産」


 言って取り出すと、今回は鼻はかまずにしっとりと涙を拭いた。

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