5 経歴

「とにかく、だ」


 神官長が気を取り直したように言う。


「どうあっても、この神殿がマユリアに後宮入りを飲ませた、そうならないことには意味がないことなのだ」

「はい」


 セルマは神官長に見いだされ、「取次役」として抜擢された。


 交代の後、神殿の神官たちが宮に出入りすることが多くなってきた。

 セルマは当時まだ、奥宮への出入りは許されていたものの、奥宮付きではなく、前の宮で神官たちと仕事をする共にすることが増え、そんな中でなぜか神官長に気にいられた。


「あなたの生真面目な働きぶりには感心する」


 そう声をかけられ、色々と話もするようになっていった。

 そうしているうちに、誓いを立てることを勧められた。


「あなたのような人は少しでも早く奥宮で働くべきだと思う」


 そう言われた。


 誓いを立てる者の多くが30代に入ってからそれを決める。20代の後半は、そのための地固めのように、前の宮で中堅として仕事をし、新しい者の世話をする。そうしていただいた役職の延長として、一生を宮に捧げると誓いを立てるのだ。


 セルマは神具係の一人であった。


「神具係取りまとめ役・補佐」


 それがセルマの役職であった。

 前の宮で使う神具の数々を管理をする係、そこの取りまとめ役を補佐する数名のうちの一人である。神具係ということで、神官たちとじかに話をする機会が多かったのもあり、神官長とも親しくなった。


 補佐も悪くはないが、奥宮でもっと出世をと考えるのなら、もう少し、せめてどこかの取りまとめ役になってからの方がよい。それにはもう数年努めてから誓いを立てる方がいい。


 セルマもそう思っていたのだが、神官長直々に声をかけていただき、思い切って誓いを立て、奥宮付きとなった。


 そうして誓いを立て、奥宮付きとなったセルマに最初に与えられた職務は食事係であった。


 食事係はやはり直接シャンタルやマユリアの口に入るものを扱うだけに、信用できる人間にしか与えられない役職である。最初は前の宮に入った見習いと同じように、まずは小物係あたりから始める人間が多い。

 それを食事係から始めるとは、かなりの特別待遇であると言えるだろう。


 これも神官長からの推薦があったからだ。まだ若く、そして優秀で人望もあったセルマを、だから奥宮も食事係として受け入れた。


 それからたった数年で、今度は新しい役職、取次役として大抜擢されたセルマをやはり好意的には見ぬ者もあり、それゆえますますセルマは必要以上に尊大に振る舞い、自分の地位を見せつける必要があったとも言える。


 その神官長から直々に頼まれた。


「あとはもうあなたに頼るしかない、どうにかしてマユリアに後宮入りを受け入れさせてほしい」

「はい、分かりました」




 そんな話をして奥宮に戻ってきたら、衛士から「マユリアが侍女頭の部屋へ行った」との報告、これにセルマはかなり不愉快な気持ちになった。それですぐにマユリアを尋ねたというわけだ。


 自分はどうやってでも、マユリアを後宮に行く気にさせねばならない。

 それこそが、自分を抜擢し、今の地位につけてくれた神官長への恩返しなのだ。


「やはりわた……私には理解できません。私には、ご両親にも最高の栄誉と喜んでいただけるようにしか思えぬものですから」


 セルマは気を取り直し、なんとかマユリアを説得しようと試みる。この方にはもう真正面、正攻法で思いを伝えるしかない。下手な小細工は通じない。


「そうですか?」

「はい、そう思います」


 セルマはくいっと少しだけ顔を上げ直す。


「よくお考えください。ご自分たちの娘がシャンタルとして選ばれ、その後マユリアとしてこの宮に長きにおいて君臨する。しかも、史上最も美しいシャンタル、マユリアと呼ばれるお方となる。それだけでももう十二分過ぎる栄誉かと」


 マユリアは表情を変えずセルマの話を聞いている。


「その娘が、人となり自分たちの元へ戻ってきてくれる。それはもちろんこの上ない喜びかとは思います。ですが、それよりさらに、今度は王家に望まれて、王族の一人になられる。これほどの喜びに包まれるご両親がこの世にいらっしゃいますでしょうか?」


 マユリアは答えない。


「私が思いますに、八年前、ご両親はその喜びを感じ、マユリアの後宮入りを喜ばれておられたと思います。それが、思わぬ悲しい出来事に、娘が女性として一番輝く瞬間を諦め、さらに長い月日を神として過ごされることとなる。もちろんそのこと自体は栄誉の続きかと存じますが、お体のこと、大層心配なさったと思います」

「健康面においてはそうかも知れませんね」


 マユリアがそこだけは同意する。


「ええ、そうです。それが、今度はご健康のまま、もう一度失われた輝く座につかれるのですよ?お喜びにならぬご両親はいらっしゃいません、セルマは断言いたします」


 親元に戻りたいとのマユリアの親への情に訴える。

 真実、セルマはそう思っている、偽りなどではない気持ちだ、これほどの栄誉に輝く人生、何が不満と言うのだろう。

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