13 自白
「セルマ様?」
ルギにそう声をかけられ、セルマは現実にふっと戻った。
「どうなさいました?」
ルギは何事もなかったかのようにそう続けた。
「ルギ殿」
セルマはそれには答えず、自分の心の中からの声を口に出す。
「あなたはキリエ殿をどう思います?」
「キリエ様をですか?」
ルギは唐突な質問にも動揺することなく、冷静にそう聞き返した。
「ええキリエ殿のことをどう考え、どういう方だと思っていますか?」
セルマが重ねて聞く。
「キリエ様はとてもご立派な侍女頭だと思います」
ルギがきっぱりとそう答えると、セルマは皮肉そうな顔で笑った。
「やはりね」
そう一言だけ言うと、ククククと小さく笑う。
「わたくしも以前はそう思っておりました。尊敬申し上げる立派な侍女頭だと」
「以前はということは、今は違うということですか?」
「ええ、そうです。今は軽蔑しております」
「軽蔑ですか」
ルギは同じ調子で何事もないようにそうとだけ言う。
「ええ、本来ならばもうとっくに北の離宮に引っ込んでおられる方です。今もなお、権力の座に汲々としてしがみつき、自分のことしか考えてはいない老女をわたくしは軽蔑しているのです」
「それであのような物を届けた、そうおっしゃっていると承ってよろしいですか?」
「どうとでも」
セルマは見下げるように続けた。
「わたくしはこの世界のために動いております。もしも、わたくしがそうしたのだとしたら、それは正しいのです」
「ほう」
ルギはまた無表情にそう返す。
「ええ、もしもわたくしがそうしたとしたら、ですよ」
「なるほど、お認めになっているわけではない、と」
ルギの質問にセルマは無言でただ微笑んで返した。その笑みはだが、暗い。
「どなたがやったのだとしても、あの老女には、そうされるだけの理由がある、そう申しております」
「ほう」
「ですから、この際はどなたがやったのかなどは問題ではないのです」
そう言ってセルマが立ち上がった。
「もうよろしいですか? わたくしは忙しいのです。これからのこの国のため、この世界のために寝る時間すら惜しいぐらいなのですから」
「お待ち下さい」
さっさと立ち去ろうとするセルマの前にルギが立ちはだかった。
「あなたがどのような崇高な理由でそのような行動に出たのか、それこそ私には関係がない。私は警護隊隊長として、侍女頭に害をなそうとする者を捕まえて吟味する、それが役目なのです」
「まあ、つまらないことを」
セルマがルギを見上げながらふふんと鼻で笑った。
「おどきなさい。わたくしは取次役、そしてもうすぐこの侍女頭としてこの宮を統べる者です。邪魔をするとたとえ警護隊隊長と言えど許しませんよ」
ルギは憐れむような顔になり、しっかりとセルマの腕を掴んだ。
「何をするのです!」
「取次役セルマ、あなたを侍女頭に対する傷害の罪で逮捕します」
「放しなさい!」
「おい」
ルギが声をかけると隣室に控えていた衛士たちと、一緒にいた神官長が部屋に入ってきた。
「神官長」
セルマがうれしそうに神官長に声をかけた。
「どうぞこの者たちに自分の立場を教えてやってください。このわたくしに手をかけるなど、なんと身の程知らずなのかと」
だが、神官長は黙ってセルマを見たまま目を閉じた。
「神官長?」
「セルマ……」
「神官長?」
「連れて行け」
そのまま動かぬ神官長を無視して、衛士たちがセルマの両側から腕を掴んだ。
「何をするのです! 離しなさい! 神官長! この者たちを止めてください! 神官長!」
呼び続けるセルマを無視して神官長は動かぬままであった。
「神官長!」
廊下からもなおそう呼ぶ声が聞こえるが、神官長は動かぬままである。
「神官長、お聞きしたいことがございます」
「え、ええ」
青い顔の神官長がルギの言葉に答える。
「この青い香炉です」
執務机の上に置かれた青い香炉を神官長に見るようにそう声をかけた。
「はい、その香炉が件のキリエ殿に送られたという青い香炉なのですね」
「ええ」
「そしてセルマがそれを送りつけた、ルギ隊長、あなたはそう言うのですね」
「ええ、おそらくは」
「そうですか、それは残念なことです」
神官長はそう言うと、ふらふらと歩いてテーブルの前の椅子に腰を下ろした。
ついさっきまでセルマが腰掛けていたその椅子に。
「ええ、私もとても残念に思っています。ですが、それだけで終わらせるわけにはいきません」
「そうですか。それで何を?」
「この香炉は、あなたがセルマ様に渡したもの、そうですね?」
「いいえ、それは違います」
「ほう」
「確かに私はその香炉をセルマ殿から受け取り、その塗料について話したことがございます。ですが、私が青く変えたわけではありません」
「ほう」
「神殿に香炉を一基譲ってほしい、そう言って神具係に参りました折、あの香炉を見つけました。確信が持てずにおりましたので、そのことは特に告げず、譲っていただいて神殿で保管しておりましたが、黒い香炉のまま置いてありました」
神官長が堂々と嘘を告げる。
「その時に世話をしてくれたのがセルマ殿で、その時にもしかしたら、とそういう話はしておりましたが、私には火にくべてみるだけの勇気もなく、神殿の神具室でそのまま眠っていたはずです」
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