10 八年の月日

 シャンタルのことを話の種にしながら、笑いながらトーヤとアランは馬車を進めていた。


「でな、あいつな、こっち着いてらあっちもこっちも物珍しいもんばっかりなもんでな、全然進めねえんだよな。あれは何? これは何? って止まってはじっと見て。もうしょうがないもんで、最後は引っ掴んで肩に担いで走った」

「なんだよそりゃ、神様荷物扱いかよ」

「いやあ、本当、お人形のままの方が運ぶのは楽だったなあ。何しろ降ろせ降ろせって暴れるしな」

「暴れる」

 

 アランが話を聞いてその場面を想像し、ぷっ、くくく、と笑いながら馬を操る。


「ほんとだぜ、肩の上で暴れるんだよ。あんな経験してな、大事な家族とも離れてるのに、なーんでそんな能天気なんだって頭にきてな。そんで静かにしろって怒ったらな、トーヤはシャンタルが大事だから怒るの? って目ぱちくりしやがって」

「そらなんとも」


 アランが笑いを押さえられず、とうとう夜の中で声を上げて笑い出した。幸い周囲には何もない街道のど真ん中だ、どれだけ声を上げても迷惑になることもない。遠慮なく笑える。


「いやあ、今までこんな話したことなかったもんなあ」

「まったくだ」


 信用できる仲間いえど、アランとベルにシャンタルのことを話すわけにはいかなかった。それで今まで自分の過去もシャンタルの過去も、一切話したことはなかったのだ。


「なんか、気楽になったなあ」


 月の下、晴れやかにトーヤが言う。


「隠すつもりってのはなかったんだが、話すわけにはいかなかったからなあ」

「そうだな」


 シャンタルの、そして自分の運命にアランとベルを巻き込むかどうかは分からないことだった。できるならば、シャンタルも言っていたように巻き込まずに済ませる方がよかったのかも知れない。トーヤは今でもそう思っている。


「それが、なんで俺らに話そうと思ったんだ?」

「んー」


 トーヤがちょっと考えてから、


「やっぱ、一緒に行きたかったんだろうな、俺が」


 そう素直に認めた。


「正直な、今でもよかったのかどうかと思わないこともない。けど、やっぱりできれば一緒に行きたかった、そんだけだな。だから、付いてくると言ってくれてうれしかった」

「なんだよそりゃ」


 アランが少しこそばゆそうに言う。


「不思議だよなあ、本当。おまえとベルは家族だが、後はみんな他人だ、その他人といつの間にかこうして離れたくないって思ってんだからな。まあ、俺は家族っての持ったことねえから、これが家族の気持ちかどうかも本当には分かんねえんだけどな」


 そう言ってトーヤが笑った。


「同じように、あっちの人たちとも会いたいから、それで戻るんだな」


 アランの質問にトーヤは答えず、


「あいつら、どうしてんのかな」


 と、ポツリと言った。


 八年の月日が長いのか短いのか、それは誰にも分からないことであった。


 人の一生から見ると決して短いと言える時間ではない。だが、普通の生活をしていると、八年、十年など気づけばあっという間に過ぎてしまっていたりする。

 見えないだけに劇的に変わってしまっているような、逆にあの時のまま止まってしまって変わらないような、どっちもの気がトーヤはしていた。


「おまえらとの三年はじかに見てるからな。ちょうど成長期でそんなにでっかくなっちまったり」


 と、トーヤは舌打ちを一つして不愉快そうにアランを見る。


 アランとベルの両親はどちらも大柄な人であった。なのでアランもベルも一般的な身長よりはかなり大きく、亡くなった兄のスレイもかなり背の高い人であったという。すでにアランは平均身長のトーヤを追い抜いてしまっていたし、ベルももうすこしで追いつきそうな、そんな嫌な予感がしている。


「色々できることも増えて、それ考えるとあっちでも色々変わってしまってて不思議じゃねえんだよ。でもな、見た目以外のこと考えると三年ってのがあったようななかったような、そんな感じだ。だから、あっち戻ったら、みんなあの時のまま止まってて、俺が行ったらそこから初めて動き出すような、そんな気もしちまう」

「ああ、なんとなく分からんではない」


 人は、自分の見えていない場所でも物事が動いているということを忘れがちだ。舞台上のお芝居のように、見えてる時だけ動いているように錯覚することもないことはない。


「見えてねえとな、死んだ人間まで生きてるようにも思えるしな」

「フェイって子のことか?」

「それと、こっちのミーヤな」


 シャンタルを連れてこちらに戻ってきた時、トーヤは自分の生まれ故郷にも立ち寄ってみた。その時、なんとなくミーヤが元気で「おかえり」と言って顔を見せてくれるような気がしてしまっていたのだ。

 だがもちろん、実際に戻ってみるとそこにあったのは冷たい石の墓標だけだった。


「思えば、あいつが死んでからあそこ戻るの初めてだったしな。それまでは戻ると元気だったり、寝ついてたりもしてたが、いっつもおかえりって笑って迎えてくれてたんだよ。だから今度もそうなるような、そんな気がしてた」

「そうか」

「おまえが言うように、あっち行ったらフェイもにこにこして出てくるように感じるのかも知れねえな」

「そうか」


 しばらく2人とも黙ったまま馬車を進ませていたが、


「まあ、行ってみねえと分からねえ、何がどうなってるかな。ただ……」

「ただ?」

「俺がシャンタル誘拐犯になってる、ってなことだけは、絶対絶対ないようにしといてもらわねえとな」

「まったくだな」


 アランがそう言ってまた楽しそうに笑った。

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